「私 プロなんで」 中嶋朋子さんはタクシー運転手の言葉で幸せに

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身辺雑記の面白さ

   どんな人の日常も、小さな事件に満ちている。それを拡大鏡で観察し、拡声器を使うように発信したものがいわゆる身辺雑記である。うまく書けば面白い作品になるが、ひとつ間違うとつまらない日記を大声で聞かされている気分になる。

   さまざまな雑記の中で、タクシー運転手とのやりとりはひとつのジャンルと呼べるほど類例が多い。たいていは運転手の問わず語りを軸にした内容で、どこかに世相との交点(社会性)や意外性があれば、読み物として成立しうる。

   上記作の場合、些細な「ミス」で料金を半分にすると言い張る運転手のプロ根性がテーマである。個人タクシーに対する筆者のイメージは覆ったのではないか。読者はそう想像し、筆者と「幸せな気持ち」を分かち合える仕掛けだ。

   タクシー運転手は命を預かる重労働、参入障壁もそれほど高くはないため、人の入れ替わりが激しいとされる。営業地域の脇道、裏道にまで精通した本物のプロフェッショナルは、実はそれほど多くないのかもしれない。「私上京したばかりなんで、案内のほうよろしく頼みます」...そう言われたことも何度かある。カーナビと一緒に運転手をガイドしながら、料金を2割引きにしてほしいと思う。その意味で、中嶋さんはラッキーだった。身辺雑記はやはり、軽いテーマが理想だろう。

   そしてハッピーエンドが望ましい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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