ハーモニーは楽譜の発明の恩恵
実際に、かなり古い時代から活版の印刷楽譜は存在しましたが、長い間、手彫りの木版摺り、銅版刷り楽譜と共存しましたし、「印刷楽譜」が音楽に大きな影響をもたらすのは、17世紀ごろからでした。それらが「音楽をヒットさせる」などの社会的影響を持ち始める、という意味では、音楽が市民階級のものになる19世紀になってからといえます。印刷による大量の楽譜の生産や流通は、活字の本と違って、かなり遅れました。
ですが、それ以前に、楽譜が発明されたことによる音楽の大きな質的転換・・・つまりそれは手書き楽譜・筆写楽譜がまだメインだった時代のことですが・・・が起こっていました。
楽譜が生み出され、当然のように「口伝で伝えていた音楽」より、複雑な音楽を記すことができるようになったため、音楽は高度化・複雑化していきます。それまでほとんどシンプルなメロディー、いわゆる単旋律だけだった歌が、複数の旋律を重ねて「ハモる」ということが試みられるようになりました。
最初は2つのメロディーを重ねる・・いわゆる「二声」のものだったのですが、12世紀ごろ急速に発展していたフランス・パリの街にあらわれたペロティヌスという作曲家と、ノートルダム楽派とよばれる彼の周囲の音楽家たちが、三声、四声と旋律を重ねていく試行錯誤を行ったのです。「この重なりは美しい」とか、「これは濁って聞こえる」というような激しい議論が巻き起こったはずですし、いわば当時の「前衛音楽」でしたらか、受容には拒否反応もあったであろうし、当然時間もかかったと思われます。
しかし、現在世界中の商業音楽は、この時期の欧州が原点となり生み出された「ハーモニー(和声法)」を使用しています。これはつまり、楽譜の発明の恩恵である、といっても過言ではありません。現在でも民族音楽などは口伝のみで記譜法を持たないものもありますが、そういった地域の音楽は、高度化に自ずと限界があるからです。