楽譜の発明は、音楽にさまざまな変革をもたらしました。それまで、「覚えられる範囲内の単旋律の曲」など、楽譜がなくても伝達・伝承が容易な音楽が多く流通していたと考えられますが、楽譜の発明によって、音楽を知っている人がいなくても音楽がある程度再現できるようになると同時に、音楽は複雑化の方に向かいます。おそらく曲の長さも、紙に記すことができるようになって、長くなったはずです。全部頭で覚えなくていいわけですから、これは当然の動きです。
そして、紙に客観的に記すことによって、伝達中の他人による勝手な改変からも音楽を守ることができるようになったため、「この曲は私が作った」という感覚、すなわち、「作曲家」が誕生した、ということは、先週みてきました。
「同じ音楽をたくさんの場所に届ける」
もちろん、初期の楽譜は線の数がまだ五線譜に比べて少なかったり、音の高さの次に重要な「音の長さ」すなわちテンポやリズムの記入方法が曖昧だったり、200~300年といった長い時間をかけて試行錯誤しながら楽譜は発展していきます。14世紀頃原型が現れた楽譜は、17世紀頃、現在の形に近くなりますが、はっきりと現在の五線譜と同じ表記のものが定着するのは19世紀頃、と分析する学者の方もいます。
しかし、未完成ながら「音楽を、記入された要素だけで、ある程度再現できる」という楽譜は、音楽を大きく変えていきます。
西欧で楽譜を生み出す原動力となった、教会内での聖歌の伝達・伝承ですが、もう一つ大きな要素がありました。「域内のたくさんの教会・修道院で、ローマ教会が決めた聖歌や典礼の音楽を、なるべく正確な形で再現してもらいたい」という要求です。伝達・伝承が、垂直な動きとすれば、これは水平の動機で、口伝ではせいぜい数人から数十人にしか伝わらないところ(しかも、多数の曲を伝えるには、大変な時間と労力がかかります)、楽譜というものがあれば、瞬時に、たくさんの人や教会に、同じ音楽を伝えることができます。もちろん「楽譜を読んで」その曲を練習する、というプロセスは必要です。でも、「同じ音楽(ほとんどが歌)をたくさんの場所に届ける」ということにおいても、楽譜の発明は革命的でした。