あいみょん「おいしいパスタがあると聞いて」
今の自分のテンション感にぴったりな...

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   一昨年、2018年の音楽シーンは「Lemon」の米津玄師とあいみょんの「マリーゴールド」に尽きたと言って過言でないように思う。インターネット世代の寵児とオーソドクスな女性シンガーソングライター。時代の先端と時代に左右されない音楽。「マリーゴールド」は、今もカラオケなどで歌われ続けるスタンダードな曲になっている。

   あの曲が入っていた前作アルバム「瞬間的シックスセンス」が発売されたのが去年の2月。それから約一年半、あいみょんのメジャー三枚目のアルバム「おいしいパスタがあると聞いて」が発売になった。

  • 「おいしいパスタがあると聞いて」(ワーナーミュージック・ジャパン、amazonサイトより)
    「おいしいパスタがあると聞いて」(ワーナーミュージック・ジャパン、amazonサイトより)
  • 「おいしいパスタがあると聞いて」(ワーナーミュージック・ジャパン、amazonサイトより)

未発表のものが数百曲も

   何よりもタイトルの語感が印象的だった。前作はメジャー二枚目、まさにブレイクに向かう劇的な瞬間が封じ込められているようであり、2017年に出たメジャーの1枚目の「青春のエキサイトメント」は、インディーズ時代からの音楽への熱情を感じさせた。

   そんな二作に比べるとその違いは一目瞭然。女性らしい生活感や日常的なさりげなさが25才の彼女のありようを思わせてくれた。あのタイトルはどんなイメージだったのだろう。

   彼女は、筆者が担当しているラジオ番組、FM NACK5「J-POP TALKIN'」のインタビューで「タイトルをつけたのは一番最後でした」と、こう言った。

「いつもそんなに意味を持たせないんですね。たまたま開いた携帯のメモ帳に書いてあった言葉で。声に出した時の印象とかリズム感もかわいらしくて、今の自分のテンション感にピッタリだなと思ったんです」

   アルバムの第一印象は「女っぽさ」だった。タイトルがそうだったことも影響しているのかもしれないが、それだけではない。女性シンガーソングライターだから書けること。それも20代半ばという年齢だから感じること。男性から見た時の女性のいじらしさ。例えば、「愛されたい 愛されてみたい」と繰り返される5曲目の「朝陽」の中にはこんな一節がある。

「「終電逃して何のつもり?」って聞かれた恥ずかしさ」「乾電池みたいな女だよ それは自覚しているし」。

   一緒の「自虐ソング」になるのかもしれない。思うように愛されない女性の心理。「愛されたい」と思っている男性と一緒にいて、わざと終電に遅れてみる。そうすれば、彼と朝まで一緒にいられるかもしれない。そんないじらしい計算を見抜かれた時の決まりの悪さ。「乾電池みたいな女」というのは、「電池が切れたら使い物にならなくなる」という意味だそうだ。

   そんな曲の後に続くのは「この恋が実りますように」と切々と歌われるバラード「裸の心」だ。シングルカットされてロングセラーを記録している「裸の心」は3年前に書かれてそのままになっていた曲なのだそうだ。そういうこれまでに書かれたものの未発表になっている曲が「数百曲」あると言った。

柔らかくて低く、あどけない声

   言うまでもなくシンガーソングライターというのは、自分で書いた言葉を自分のメロディーに乗せて歌う人だ。職業的な作詞家や作曲家には書けない「私小説感」も一つの特徴と言っていいだろう。実際に日々感じていることや身の回りの出来事がその人ならではの実感で歌われる。

   ただ、あいみょんはそこに留まっていない。「裸の心」がそうであるように、必ずしもその時点での心境を書いた曲ばかりではないことになる。

   例えば、「おいしいパスタがあると聞いて」の「女っぽさ」を強く感じさせる11曲目の「チカ」にこんな一節がある。

「嘘を見破ってよダーリン
   このままじゃ私
   きっとすぐに帰れない
   あなたの為にもう尽くせないわ
   笑って見過ごした
   あなたのせいだわ」

   気持ちが擦れ違ったカップルの最後の場面。"私"は、こうなってしまったことを"あなたのせいだわ"と歌う。うまく行かなかったのは、女性にも非があるのだろうが、そうは思わない。「あなたのせいだわ」と男性に責任を転嫁する。それこそ女性の側のラブソングの核心と言っていい。そういう曲を書けるようになったのが25才の成長、という筆者の感想に対して、彼女はこともなげに「あの曲がアルバムの中で一番古い」と言った。

   しかも、タイトルの「チカ」は、人の名前ではなくて、小魚の名前だと言うのである。その曲も未発表だった「数百曲」の中にあったことになる。

   そうした曲の中からどんな基準で選ぶのか。彼女は「今の自分に合っているかどうか」だと言った。

   彼女にとって、作品を作る。というのは「今の自分を表現する」ということだけではないのだと思う。「自分とは違う主人公の物語」を作り出す楽しみ。作家性である。「ソングライター・あいみょん」は、日々、それを楽しみつつ実践しているのかもしれない。「シンガー・あいみょん」は、「どんな時に書いたかも忘れてしまった」それらの曲からその時の気分で歌いたい曲を選んで歌う。

   つまり、「シンガー」と「ソングライター」とが一人の中に別個な存在として同居している稀有な「シンガーソングライター」と言っていいのだと思う。

   アルバム「おいしいパスタがあると聞いて」のもう一つの印象が「声」だった。彼女の声は柔らかくて低い。それでいてあどけなさを残している。

   ハイテク時代の喧騒の反映だろうが、アイドル系だけでなく横文字名前の女性シンガーソングライターには金属的なハイトーンの歌い手が多い。彼女の声は少数派だろう。それでいて高い声も自然に出る。べたつかない中低音の質感の心地よさが、「大人っぽさ」を感じさせているようにも思う。

   アルバムの初回盤には、どこかのマンションの一角のようなスタジオのキッチンで録音した弾き語りアルバムもついている。それも「基本はギターの弾き語り」という、「シンガーソングライターとしての証し」のように思える。

   番組の冒頭での彼女の自己紹介は「シンガーソングライターのあいみょんです」だった。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール
タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーティスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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