柔らかくて低く、あどけない声
言うまでもなくシンガーソングライターというのは、自分で書いた言葉を自分のメロディーに乗せて歌う人だ。職業的な作詞家や作曲家には書けない「私小説感」も一つの特徴と言っていいだろう。実際に日々感じていることや身の回りの出来事がその人ならではの実感で歌われる。
ただ、あいみょんはそこに留まっていない。「裸の心」がそうであるように、必ずしもその時点での心境を書いた曲ばかりではないことになる。
例えば、「おいしいパスタがあると聞いて」の「女っぽさ」を強く感じさせる11曲目の「チカ」にこんな一節がある。
「嘘を見破ってよダーリン
このままじゃ私
きっとすぐに帰れない
あなたの為にもう尽くせないわ
笑って見過ごした
あなたのせいだわ」
気持ちが擦れ違ったカップルの最後の場面。"私"は、こうなってしまったことを"あなたのせいだわ"と歌う。うまく行かなかったのは、女性にも非があるのだろうが、そうは思わない。「あなたのせいだわ」と男性に責任を転嫁する。それこそ女性の側のラブソングの核心と言っていい。そういう曲を書けるようになったのが25才の成長、という筆者の感想に対して、彼女はこともなげに「あの曲がアルバムの中で一番古い」と言った。
しかも、タイトルの「チカ」は、人の名前ではなくて、小魚の名前だと言うのである。その曲も未発表だった「数百曲」の中にあったことになる。
そうした曲の中からどんな基準で選ぶのか。彼女は「今の自分に合っているかどうか」だと言った。
彼女にとって、作品を作る。というのは「今の自分を表現する」ということだけではないのだと思う。「自分とは違う主人公の物語」を作り出す楽しみ。作家性である。「ソングライター・あいみょん」は、日々、それを楽しみつつ実践しているのかもしれない。「シンガー・あいみょん」は、「どんな時に書いたかも忘れてしまった」それらの曲からその時の気分で歌いたい曲を選んで歌う。
つまり、「シンガー」と「ソングライター」とが一人の中に別個な存在として同居している稀有な「シンガーソングライター」と言っていいのだと思う。
アルバム「おいしいパスタがあると聞いて」のもう一つの印象が「声」だった。彼女の声は柔らかくて低い。それでいてあどけなさを残している。
ハイテク時代の喧騒の反映だろうが、アイドル系だけでなく横文字名前の女性シンガーソングライターには金属的なハイトーンの歌い手が多い。彼女の声は少数派だろう。それでいて高い声も自然に出る。べたつかない中低音の質感の心地よさが、「大人っぽさ」を感じさせているようにも思う。
アルバムの初回盤には、どこかのマンションの一角のようなスタジオのキッチンで録音した弾き語りアルバムもついている。それも「基本はギターの弾き語り」という、「シンガーソングライターとしての証し」のように思える。
番組の冒頭での彼女の自己紹介は「シンガーソングライターのあいみょんです」だった。
(タケ)