「ある決まった線の上に書かれた音は、一定の高さの音である」という、現代の楽譜なら当たり前の規則をグィード・ダレッツォが発明してから、現代につながる楽譜の歴史は始まりました。それまで口伝えに伝えるしかなかった「基準となる音程」と、「その音から次の音がどれだけ上下に離れているか」ということを紙に記すことが可能になったため、歌(曲)を知っている人に直接教えてもらわなくても、楽譜があれば、その音楽を歌ったり、演奏したりすることができるようになってきたのです。
「歴史に埋もれた曲」が記録、保存される
もともと「西欧に広く点在している教会に、正確に聖歌を伝えていきたい」という要望から生まれた楽譜は、音楽を伝える難しさを劇的に改善したため、またたく間に広がっていきました。
それでも、西欧のカトリック教会の中で発明されたため、東欧の正教会が現代的な楽譜を採用するのはかなりあとになりました。最初期の楽譜は、カトリック・キリスト教会と密接に関わり合いのある発明品だったのです。
もちろん、初期の楽譜は五線譜ではなく四線譜で、表示可能の音域が狭く、当初はリズムやテンポも音程に合わせて正確に表記することができなかったので、楽譜は、日々人々に使われる中で改良され、大変ゆっくり進化していきます。正確に言えば、21世紀の現在も改良され、まだ進化し続けていると言えましょう。
それにしても、音楽を記す道具、楽譜は偉大な発明でした。それが発明される以前以後とでは、音楽の発展の歴史が大きく異なりました。
もともと、「楽譜がない時代」のことを考えてみましょう。なにか曲を思いついても、それを人に伝えるには、自分で歌ったり、楽器を演奏したりしなければなりません。しかも、その人が覚えてくれるまで繰り返し演奏するわけです。そのような面倒くさい作業があるならば、いい曲を思いついた、と思っても、なかなか人には伝えようとせず、また、人に歌ってもらうには、なるべく単純で短い曲にしよう、という気持ちが働くはずです。このような時代には、「複雑で、素晴らしい曲」は生まれにくかったはずです。
つまり、楽譜の発明は、「それがない時代にはあり得なかった複雑な曲」とか、「人に伝えようとしていなかったために歴史に埋もれた曲」というものが、記録されて保存されることになります。