チャーチル首相の有名な演説
ドイツが想像していたより遥かに進んだレーダーを使った早期警戒システムなどのおかげで、英国空軍は迫りくるドイツ空軍の大群とよく戦いました。あらゆる種類の英国機が空を守るために飛び立ったのですが、主力は、単発単座戦闘機である、スーパーマリン・スピットファイアと、ホーカー・ハリケーンの2機種でした。総撃墜数は、少し開発が先行していたため、スピットファイアより機数を多く揃えることができたハリケーンのほうが多かったのですが、性能的にハリケーンより高性能だったスピットファイアは、特にドイツのメッサーシュミットBf109などの戦闘機との戦闘に駆り出され、大きな戦果を上げたのです。
7月から始まった大航空戦は、10月まで続き、英国上空の制空権をついに握ることのできなかったナチス・ドイツは英国上陸作戦を諦めます。結果的に、それが西から東に目を向けることになり、不可侵条約を一方的に破ってソ連に侵攻したナチス軍は、運命の東部戦線を戦うことになります。
1940年8月20日、度重なるドイツ空軍の波状攻撃に耐え、常に自軍の損害を上回る打撃を相手に与え続けた英国空軍ファイターコマンドを讃えて、チャーチル首相は国会で有名な演説をします。
「およそかつて人類の闘争の場において、かくも多数の者が、かくも多大なる恩恵を、かくも少数の者に負うたことはなかった!(Never in the field of human conflict was so much owed by so many to so few)」
この「かくも少数の」英国戦闘機パイロットを指した言葉からとった「The first of the few」という映画が、1942年に封切られます。米国映画「風と共に去りぬ」では俳優として出演していた、レスリー・ハワード監督の要請で、この映画に音楽をつけたのは1902年生まれで、ほぼ独学で作曲を学び、30代から映画音楽も手掛けていたウィリアム・ウォルトンでした。