■『日本企業の勝算』(著・デービット・アトキンソン、東洋経済新報社)
新型コロナウイルスの影響で、4-6月期のGDPはマイナス7.8%(年率換算でマイナス27.8%)と、戦後最悪となった。これは、緊急事態宣言で全国的に経済活動を止めたのだから、やむを得ない。問題は、withコロナ、afterコロナで、速やかに経済水準を回復し、その後の成長戦略を実現できるかどうかだ。
「アベノミクス」年平均成長率は1.2%だった
この点、日本経済の回復力・成長力は落ち続けている。リーマン・ショックや消費税率の引上げなどのマイナスのインパクトに脆弱になっていると思う。アベノミクスで景気拡大期間が戦後2番目の71か月続いたが、この間の年平均成長率は1.2%と低空飛行だった。その間の潜在成長率は上昇せず、依然、ゼロ%台前半という状況だったのだから、上出来ということだろうし、機動的な財政出動と大胆な金融緩和というカンフル剤に支えられたものだったと評価されるだろう。潜在成長率がこの水準だから、ちょっとしたマイナスのインパクトで2期以上続けてマイナス成長になってしまう。
更なる高齢化・人口減少の中にあって、プラスの潜在成長率を維持することすら危ないかもしれない。ここ数年、潜在成長率を支えてきたのは、女性と高齢者の労働参加率の上昇だった。これは同時に、アベノミクス景気の下で、労働力以外の、イノベーション(全要素生産性)と資本の生産性は、低迷していたことを意味する。
日本の潜在成長率・生産性は、引き上げることができるのだろうか?これは、日本の経済政策上の最大の課題であると思う。毎年骨太方針などでSociety5.0だの、DXだの政府主導の新しいお題が掲げられるが、上げられていない現状を我々は真摯に受け入れないといけない。
そんな中、現在の政府の政策の根本に生産性低迷の要因を見いだし、政策転換を体系的に提言するのが本書である。題名だけ見れば、ミクロの経営指南のように見えるが、長期の経済政策、成長戦略の転換を主張するものだ。
あるべき中小企業政策の議論自体をタブー視していないか
要は、1960年代の中小企業政策が企業の成長のインセンティブを阻害し、人口減少局面において生産性低迷の要因になっているとする。すなわち、国全体の生産性は企業の規模=規模の経済で決まり、日本を含め各国で大企業の生産性は高い中、日本は手厚い中小企業優遇策の結果、中小企業以下の比率を高く維持し、全体の生産性を引き下げている。加えて、低すぎる最低賃金が中小企業の支援策となっており、人口減少下において人手不足や格差の問題も生んでいるとする。従って、手厚い中小企業優遇策を規模拡大のインセンティブに切り替えるとともに、最低賃金の引上げを提言している。この手の議論になると、大量倒産・大量失業が出るという批判が出るが、"monopsony"(市場における買い手独占)の理論や海外の事例を用いて反論している。
これらの分析を多くのデータと理論分析に基づいて非常に丁寧に解説している。こうした分析と政策提言が霞が関から出なかったのが寂しいと思ってしまう。本書でも指摘されているが、「下町ロケット」に代表されるキラリと光る中小企業を過度に美化し中小企業全般に一般化する、エピソード・ベースの議論が、日本では横行していないか。また、農業政策よりマシといった比較論がモラルを低下させていないか。更には、あるべき中小企業政策を論じること自体がタブー視されてなかったか。いろいろ考えさせられる。
コロナ禍でも、資金繰り支援に持続化給付金や家賃支援給付金など、中小企業というカテゴリーで手厚い支援が実施されている。災害はやむを得ない面もある。本書の指摘にもいくつも反論はあるだろう。そうした議論も正面から行い、afterコロナの成長戦略の中で望ましい企業政策を再構築すべきではないだろうか?
経済官庁 吉右衛門