クロワッサン(8月10日号)の特集「無駄をなくして、スッキリ暮らす。」に寄せたエッセイで、俳優の小林聡美さんがステイホームの日々を顧みている。「基本的な生活はシンプルなことの繰り返しだった」と。題して「スリムな暮らしの楽しみと贅沢」。
「私たちが最高にツイていたのは、自粛生活が春から初夏にかけてだったことではなかろうか...そこいら中に花が咲き溢れ、鳥が鳴いた。否応なく緊張を強いられる日々、そんな季節を散歩するのは何より心の慰めになったものだ」
自然界が「上向く」時期だったのが救いだったというこの冒頭...むろん、暮らし向きにそこそこ余裕がある人の受け止め方である。
「同居の家族は猫だけなのだから、私が気を付けて過ごせばいいだけの話だ。人間の家族がいる家庭では、休校やリモートワークでいつになく家族関係が密になり、さまざまな不安やストレスでご苦労が多かったと聞くが、私と言えばひとり暮らしの不安はあるものの...機嫌よく過ごすも不機嫌なのも自分次第ということだ」
「最近はめっきり仕事も暇だし」という小林さん、コロナ以前から自由時間はたくさんある。美術館めぐり、映画に芝居、旅行や山歩きといった趣味は封じられたが、もともと家にいるのも嫌いではないそうで、本格的に籠るのも苦ではなかったらしい。
「みんなが不安を抱えながらも家にいる、そう思うと、私の心はなぜかとても安心した。それは、私が(誰もが?)普段そこはかとなく感じている不安や孤独やさびしさを世界全体が共有しているという、不思議な一体感からくるものだったのかもしれない」
誰もが「堂々と家にいる」世界。それを意識すると、俄然やる気になったそうだ。
自分の中の芯を鍛える
小林さんはまず、早く寝ることにした。夜8時に入浴し、10時には床に就く。朝5時に起きても7時間は眠れる。不思議なことに、耳栓や睡眠導入剤に頼る夜がなくなった。「この状況下でむしろ、私の中の何らかのストレスがフリーになったということか」
「毎日散歩には出かけるけれど、誰とも口をきかない生活。知り合いのいない町に引っ越してきたような孤立感。あるいは時間を持て余している一人旅のような」
そうした戸惑いも最初のうちだけだった。早寝早起きが常となり、掃除や体操、おやつの手作り、うがいに手洗い...基本的な生活は淡々と、そんなことの繰り返しになる。
「世の中にこれといって貢献できない市井の人間としてできることは、自分の生活を気張らずに充実させ、機嫌よく暮らすことだと思った」
それは、これまで自分がどれほど「外」から影響を受け、「外」に刺激を求めていたかに気づく時間でもあった。外部を意識するのもいいが、誰にも気兼ねすることのない自粛生活は「最高に贅沢な時間」だったという。「自分の暮らしをじっくり楽しむことで、自分の中の芯というか、体幹というか、コアマッスルが鍛えられたような気がする」
「世界中が一時停止して、人類はいろんなことを考えた...静かに向き合った自分との時間のことをなるべく忘れないで、できるだけ優しい気持ちで前に進んでいきたいな、と、猫の後頭部を撫でながらお茶を啜るのだった」