「新しくもどこか懐かしい」作品
1曲目は美しい少女ナアンドーヴに呼びかける「ナアンドーヴ!なんと美しい!」の歌詞で始まる曲、2曲目は、「おい、白人には気をつけろ!」と絶叫で始まり、3曲目は、また一転して「暑い日に茂った木の陰で横になるのは心地よい・・」と歌い出し、「おーい、ご飯を用意しておくれ・・・」で終わる、おそらくは語り手は男性だと匂わせる内容になっています。独唱は、女性のソプラノまたはメゾソプラノで歌われるのですが、あくまでも、「マダガスカル島先住民の男性らしき主人公の視点」なのです。
全3曲で17分ほどの演奏時間ですが、第1次大戦後の、より現代的、20世紀的に進化したラヴェルの、独特のハーモニーとともに進行していくこの不思議な室内楽は、物憂げなフルートの旋律、素朴なチェロの響き、そして、比較的控えめに伴奏を担当するピアノのサウンドとともに、あたかも真夏のマダガスカル島の数場面を見ている気持ちになれます。
ロンドンで、依頼者のクーリッジに、ピアノ伴奏のみで2曲目を単独で披露したあと、ラヴェルは忙しいベルギー、ドイツ、北欧、スコットランド、イギリスの演奏旅行の合間も作曲を続け、パリ郊外の自宅、「ベルヴェデーレ荘」に戻ってから一挙に完成させました。
1926年、ローマでの初演には立ち会えなかったラヴェルですが、ベルギーとパリでの初演には立ち会いました。パリでの演奏会には練習段階から監督として加わり、6月13日、全て「クーリッジの委嘱による室内楽作品の演奏会」で、他人の作品とともに演奏された「マダガスカル島先住民の歌」は、聴衆と評論家の双方から大好評を持って迎えられました。すでにシェーンベルクなどの「現代音楽」に接していたパリの聴衆は、ラヴェルの「新しくもどこか懐かしい」作品に、称賛を惜しまなかったのです。
円熟のラヴェルが生み出した、エキゾチックでスペシャルな室内楽歌曲作品、遠くへ行けない夏のバカンス中にいかがでしょうか・・・?
本田聖嗣