■『科学と非科学―その正体を探る―』 (著・中屋敷均 講談社現代新書)
本書は、生命科学分野の科学者による十四編のエッセイである。現代社会では、科学の万能性・絶対性が無邪気に信じられているのではないか。他方、科学の土台はそんなに強靱か、「科学的」なものと「非科学的」なものとはそんなに簡単に区別できるのか、そんな問いかけが根底にある。
農薬は充分に「大体、安全」
筆者によると、科学には、この世の真理を求め、単純化された条件下で100%正しいような法則(物理法則など)を追い求めるものと、元来"100%"の正しさなどあり得ないより現実的なもの(低線量被曝や残留農薬の安全性など)がある。
そして、前者の「科学」が持つイメージは物事に明確な回答を与えてくれるような期待を抱かせるが、多くの「科学」は後者のグループに属しているという。
例えば、農薬は、長年にわたり多くの改善がなされ多岐にわたる検査が行われている。現在の農薬の多くは抗生物質よりも危険性が少なく、使用基準を守れば、農薬は充分に「大体、安全」となる。
しかし、農薬の使用されるケースは極めて多様で、全てのケース、危険性を完全に調べ尽くすことはできない。無限かもしれない可能性の中で、有限の試行回数で、統計解析を用いて発生率5%や1%以下は稀な事象として受け入れるのが「科学的」と呼ばれる手法、知恵で、この場合、「ゼロリスク」を求められても科学的には応えられない。
本書では、19世紀後半「ドイツの滑空王」と呼ばれたオットー・リリエンタールからライト兄弟にいたる飛行機械の発展の話も紹介される。長い期間にわたる鳥などの観察や室内実験、科学的考察、実際の(危険を伴う)飛行実験を繰り返して飛行機械が改良されていく。
彼らは、科学的なアプローチをしつつも、「分からないこと」を含んだまま飛ぶことに挑戦した。人が飛行機を作れたのは、科学(航空力学)によって理論的に飛行が可能であることが証明されたからではなく、飛びたいという人の意思を科学が追いかけたと筆者はいう。
科学の不確かさや発展の歴史
最近、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)の重要性が認識され、多くの施策には重要業績評価指標(KPI)が設定されている。指標(数値)の設定は、目標や評価軸を共有して物事を効果的に進めるのに有効だ。また、我々は、日々の生活に関することも、数値での目安が示されないと何となく不安に思うことがある。
しかし、世の中の出来事が全て科学的に解明されているわけではないし、今科学的に明らかなことだけを行っていればよいかというと、そういうわけでもない。無駄に思えるものの中に大事なものが含まれていることや、意思や想いに基づく選択が有効なこともあり得る。
物事に臨むとき、科学的で真摯な姿勢をもつことは大切だ。そしてそのときは、科学の不確かさや人や社会と科学の関わり方の歴史など、科学はどういうものかということも合わせて思い出しておきたい。
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