■『福祉と正義』(著・アマルティア・セン、後藤玲子 東京大学出版会)
「福祉と正義」は、ノーベル経済学賞受賞者でもあるセン教授と我が国におけるセンの研究の第一人者である後藤教授による論文集である。
経済学というと、誘因に基づく決定やその集積としての市場メカニズムの機能など、合理的な決定を前提とした無味乾燥な印象を抱くことがあるかもしれない。しかし、彼らの経済学は経済的現象の根本を問うことになり、哲学的議論に深く立ち入ったものとなる。
哲学的な経済学
例えば、セン教授の「帰結的評価と実践理性」(第3章)は、哲学上の帰結主義に対する反論として、哲学者が持ち込む議論に対して、哲学者よりも平明な言葉で再反論を加えるという切れ味よい論文である。帰結主義とは、一般に動機や理由からは切り離した物事の帰結から、行為の評価をするものである。
この帰結主義に対しては、哲学者が突き付けるパラドックスとして、自分が無実の一人を殺せば、そのことで1000人の人の命が救われる時、帰結にのみ着目すれば、一人の死の方がずっとよいから、帰結主義によれば、自分は無実の一人を殺すべきだとなるが、本当にそうだろうかという議論がある。このような議論に対し、セン教授の指摘は単純であるが、説得力のあるものである。すなわち、帰結とはなにも死亡する人間の数だけではなく、自分に責任のある死かどうかという点も含めて帰結に含めて評価すべきだというものである。
経済官庁 Repugnant Conclusion