聖歌隊長は超忙しかった
これでは、「カトリック地域での聖歌の統一」などおぼつかないですし、正しく音楽を後世に伝える、ということが1つの教会内でも相変わらず困難を伴いました。
また、このような現代の視点から見て不完全な楽譜を使って聖歌の合唱を演奏する場合は、指示を出す聖歌隊長が、どうしても必要となります。
現代の指揮者ならば、指示を出すべき各演奏者は楽譜を前に置いたり、手に持っています。それを見ながら演奏しているわけですから、重要なところのタイミングの合図や、表情をよりよくつけるための指示だけ出せば事足りるわけです・・・もちろん、実際にはそれ以外にも色々指示しているのですが、少なくとも半分は楽譜の力を借りているのは真実です・・・。
この時代の聖歌隊長は、「初めの音の高さ」「その次の音を上げるとしたらその高さ」を指示したり、「テンポの指示が全くない楽譜にテンポとリズムを与える」ということを全てやらなければいけないわけです。当然、ものすごく忙しくなります。実際今でも、中東地域のコプト教徒の教会では、このように八面六臂の活躍を見せる聖歌隊の指揮者・・あえてそう呼びます・・・の存在があります。
この聖歌隊長は、もちろん全ての聖歌を完全に記憶していなければいけませんし、完全な後継者を育て上げるまでは、引退することもできません。楽譜が不完全な時代の音楽の伝承は、やはりかなり困難が伴うといえそうです。
まだ高度な楽器が現れていないので、楽譜(のご先祖のようなもの)の音域は、ほぼ「成人男性が歌うことのできる音の範囲」に限られていました。女人禁制の教会内の話だからです。しかし、あらゆる音程を出すことができる声という手段に対して、「どの音を音楽に使うか」・・これは、「どの音階を使うか」といい変えることができるのですが、これを決定することも同時に大変な仕事でした。「五線譜」と呼ばれる楽譜のシステムがなかったわけですから、これは当然です。