7、8世紀ごろから、欧州域内の教会で歌われる聖歌を統一し、それを隅々にまで伝える・・・ということを始めた西方カトリック教会内部では、膨大な数の聖歌を修道士たちが覚えることが必要になってきました。現代のカラオケ名人もびっくりの80時間ほどのレパートリーを、教会で聖歌を受け持つ修道士たち・・・決して一人ではなく「みんなが」覚えることが要請されたわけですから、これは大変です。
もちろん、教会の修道士、司祭、牧師さんたちも、日本のお坊さん、神主さんも、典礼文、経典、祝詞など宗教的な文言はかなりの量を覚えなくてはいけないので、「記憶は仕事」なのでしょうが、聖歌という音楽の場合は、それにメロディーがあり、そして現代風に言えばテンポや音階も合わせて覚えなくてはいけないのです。そんな大変な作業を、国境を超えて今の西欧全土に行き渡らす・・・当然口伝えでは限界があり、「何かに記して人に伝達する」動きが出てきます。
「近代楽譜のご先祖様」は生まれたが...
聖歌・・現代では「グレゴリオ聖歌」と呼ばれる中世に成立したカトリック教会の音楽を、記すようになった「ネウマ譜」というものが、10世紀ごろに現れました。ギリシャ語の「合図」とか「手振り」という意味の言葉を語源としているこの「近代楽譜のご先祖様」は、初めは、聖歌の典礼文を記したラテン語の文字の周辺に、いろいろな印をつけてゆくものでした。現代の「アクセント記号をつけた文章」のようなものです。文字の横や上に「ここでは『高く』とか、ここでは『低く』歌う」、という指示がつけられています。
しかし、これだけでは、全く楽譜としては不完全です。音の高低は指示されていても、リズムやテンポは全く記されていませんし・・・そもそも、音を「前より高く」と指示されていても、どれくらい高くするのかはかなりアバウトにしか書かれていません。加えて、そもそもその前の音の高さを決めるものがない・・・近代の平均律と楽譜に慣れた私たちなら、ドの音ならド、と識別できますが、そんな音階が存在していなかった時代のものですから、同じネウマ譜を使って大人数が歌い出したとしても、「最初の音が揃わない」ということが起こってしまいます。
加えて、欧州各地の修道院・教会でネウマ譜は独自の発展をして、地域によって表記はバラバラでしたし、同じ教会でも、記譜する人間によって違ったり、同じ人物が担当しても、年代によって変わったり・・ということがいくらでもあり得たのです。印刷技術が発明される以前、欧州の修道院の主な仕事は、「聖書などの手書き筆写」でしたが、言葉のみならず、その上の記号まで写すとなると、人間の仕事であるがゆえに、「軽微な改変」はいくらでも起こり得たのです。