形に残る仕事 松重豊さんが駅トイレの自作に比べて思う役者の無力

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読み手を楽しませる

   メイキング映像のため、談笑する出演者をカメラに収めようとしたら、なんと猥談に興じている...これじゃ売り物にならないと退散するわけだ。なるほど「嫌な爺」である。

   それはさておき、この結末に至るまでの展開と構成が秀でている。

   まずは冒頭。横浜の面台も、テレビや映画の出演作も自分の作品だ。面台のほうは日々、トイレ使用者限定ではあるが確固たる存在感を示している。たとえ無名でも、石工見習いの仕事は形として残る。感染症も地震も関係なし。それに引き換え俳優という仕事は...と展開するための「つかみ」として申し分ない。実話は強い。

   人生が波乱万丈であるほど、使えるエピソードも蓄積されていく。コラムニストに求められる「引き出しが多い」という資質だ。役者の遅咲きも、悪いことばかりではない。

   松重さんは、俳優を「虚業」と書いている。幾分の謙遜を込めてだろうが、コロナのせいでドラマの制作や舞台公演が滞ったのは事実であり、いざという時に弱く虚しい存在には違いない。そんな感慨を込めての表現と思われる。

   そのまま終われば、全体が暗いトーンになるところ。そこで、演者の「形」が残るDVDの話に移したうえで、他愛もない業界内輪話で締めている。あふれるユーモアと併せ、読み手を楽しませようというプロ意識と、ほのかな優しさを感じた。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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