おそらく、楽譜という「音楽を記すことが出来る」システムを持ったために、欧州発祥の音楽は世界に広がり、今我々が聴いている音楽の基礎を築いたといっても過言ではないでしょう。先週記したように、今につながる楽譜が生まれたのは11世紀、いまから1000年も前で、それは「クラシック音楽」などというものが生まれるはるか以前のことでした。音楽はまだ和音を持たず、メロディーも、その基礎となる音階が現代とは異なっているため、大幅に違う音楽でした。そんな大昔に楽譜は生まれた・・・と言いたいところですが、「音楽の歴史」のスパンから見ると、楽譜は「ごくごく最近」に発明されたものなのです。今日はそれを見ていきましょう。
旧石器時代につくられていた「笛」
音楽がいつ頃から人間とともにあったか・・・もちろんこれは、それこそ楽譜が存在しなかったので、正確にはわからないわけですが、随分と古い時代からであることがわかってきています。人間がおおよそ「文明」というものを持つようになったときから、音楽は生活と共にありました。しかも、ひょっとすると、それは現代より重要だった可能性さえあるのです。現代では「音楽」というと「余暇」とか「楽しみ」とか「趣味」とか「贅沢」などというキーワードととともに語られることが多く、最近の流行語でいるとそれこそ「不要不急のもの」・・だからこそこの「コロナ禍」で世界中の音楽家は苦しんでいますが・・・・と思われがちです。
ところが、いま発見されている範囲内で最も古い楽器・・・・それは動物の骨で作った笛、つまり管楽器なのですが、おおよそ紀元前4万2000年から3000年頃に作られたものとされています。人類史でいうと「旧石器時代」にあたり、こんな古い時代から、人間は楽器を作って音楽を奏でていた可能性が高いのです。そして、それらは、文明の痕跡が残る「洞窟」から発見されていて、生物的には外敵の攻撃に弱い人間が、洞窟に隠れてその中に生活拠点を作っていたことを指し示しています。これらの楽器は洞窟の中でもっとも音響のよい場所近くで見つかっており、我々の祖先は、洞窟の中で楽器の響きを聴いていた可能性が高いのです。
しかしそれらは我々が現代の尺度で言う「演奏」が目的だったのではなく、おそらく暗闇の複雑な洞窟の中で、音を頼りに・・ちょうどコウモリの超音波利用のように、・・移動していたのではないか、と推測されています。「余暇」どころか音楽は、複雑な洞窟に隠れる生活に欠かせない道具であり、命に関わる重要な必要なものだったのです。
たしかに、農耕を始める以前の狩猟生活の時代、動物を追ったり捕まえたりときのにも「獲物や襲ってくる外敵の音を聴く」ことは有用な手段であり、言葉こそ原始的なものを使っていたかもしれませんが、ひょっとしたら、生活がかかっているだけに、旧石器時代人の「耳」は、はるかに現在の我々より鋭敏だった可能性さえあります。一方で文明、というとすぐに「言語」とか「神話」とか「文学」を考えてしまいがちですが、古代の人間にとって、言葉以前にいろいろな情報を運んでくれる「音楽」=音の連なりが、もともと重要で、音の高さや強さやリズムを聞き分けることによって耳が鍛えられ、それをニュアンスとして取り入れた「言語」が発達した、というのが本来の順序かもしれないのです。言葉より以前に音楽が重要なものとしてあった・・・もちろん、これは想像に過ぎませんが。