タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
「ライブの記憶」というのは単にコンサートだけのものではない。何年何月何日にその場にいた。その時に自分がどういう生活をしていたのか、どういう人間関係だったのか、そして、世の中の様子はどうだったのかという記憶と結びついた「存在の記録」でもある。
そういうことも含めて、改めて思い出すのが2011年のことだ。
言うまでもなく東日本大震災があった年である。3月11日、午後2時46分を境にして音楽を取り巻く状況は一変した。交通機関も止まり、電源が失われ、CDは生産できなくなった。更に、日々の暮らしが放射能汚染という見えない恐怖にさらされることになった。
「こんな時に音楽をやっていいのか」「こういう時だからこそやるべきではないのか」。3月以降に行われる予定だったコンサートツアーは軒並み中止や延期を余儀なくされた。
2011年が思い起こされるいま
浜田省吾のアリーナ・ツアー「ON THE ROAD2011・The Last Weekend」は、そんな緊迫した空気の中でスタートした。彼らの選択は「こういう時だからこそやるべきだと思う」だった。
音楽が少しでも励ましになれば、ささやかでも希望につながれば、そして、総勢100名を超すコンサートスタッフの生活もある。それはメディアの力に頼らずコンサートツアー一筋に生きてきたアーティストの使命感を強く感じさせるものだった。
ツアーの初日は、余震と計画停電が続く4月16,17日、静岡エコパアリーナ。それ以降、翌年に延期された宮城公演と追加されたさいたまスーパーアリーナのチャリティー公演を加え2012年6月まで続いた12都市37公演は、すべて演奏時間が3時間40分を超え、4時間に及ぶことも少なくなかった。
浜田省吾の2011年のツアー「ON THE ROAD2011・The Last Weekend」が、あの年に行われた全てのコンサートツアーの中で特別な意味を持っていたのは、そうしたスケジュールや規模だけではない。むしろ、その内容にあったと言っていい。
公にこそしなかったが、デビュー35周年という区切りを意識したと思われる内容は、彼のキャリアを網羅したベストアルバムのような選曲だった。彼の代表曲「J-BOY」のクラブミックスをオープニングにライフテーマと言える「ON THE ROAD」で始まった前半には80年代の若々しくエネルギッシュなロックが並び、中盤ではスタンダードになっているラブソングのバラードを聴かせる。そして、後半に続いた社会性の強いロックの締めくくりとなったのが82年のアルバム「PROMISED LAND~約束の地」に収録された「僕と彼女と週末に」だった。
「この星が何処へ行こうとしてるのか もう誰にもわからない」と歌い始められる、台詞入りの壮大なバラード。海辺を散歩して体調不良を感じたカップルが翌朝、砂浜に打ち上げられた夥しい魚の死体を目にする、という約12分に及ぶラブソングは、連日報道される原発事故のニュースと重なり合った。
歌の中の世界が現実になっていることをどう受け止めればいいのか。固唾を呑んだように聴き入る客席の緊張感が、アンコールのロックンロールで堰を切ったように解放されてゆく。そんなカタルシスに溢れた陽気さは、これまでに感じたことのない歓喜を伴っていた。
音楽に出来ること、そして、音楽だから得られること。本編の最後となった「家路」の「どんなに遠くてもたどり着いてみせる」という歌詞は、そのままコンサートスタッフも含めて会場にいた全ての人の願いであり気概のようだった。「やる側」も「見る側」も超えて同じ時代を生きているという共感。全会場同行取材した筆者が、一万人近い観客の万感の思いの大合唱に涙したのは一度や二度ではなかった。
あらためて2011年のことが思い起こされるのは、2020年のこの状況がそうさせていることは言うまでもない。
30年ぶり二作目の「ライブ盤」
あの時は「やる」という選択肢があった。そして「やる」ことに存在証明を託すことが出来た。そう思うと、「やれない」今がどのくらい異常なことかが改めて痛感されないだろうか。
ビートルズの名曲「COME TOGETHER」を待つまでもなく「集まる」ことが出来ない。音楽を通した「一体感」が味わえない。音楽が同じ「空気」の中で共有されない。日本だけではなく世界の大衆音楽が史上最大、未曾有の危機に瀕しているといって過言ではないだろう。「ライブ盤」というのは、音楽が音楽たりえた幸せな時間の記録、と言っていいのではないだろうか。
浜田省吾のツアー「ON THE ROAD2011・The Last Weekend」は、映像だけではなく「ライブ盤」として残されている。彼にとっては、82年1月の初の武道館公演を記録した「ON THE ROAD」以来30年ぶり二作目の「ライブ盤」だ。そのこと自体が、あのツアーがどういうツアーだったかを物語っていないだろうか。
3枚組に収められているのは終演後の客出しのBGMまで含めた全40曲。超一流ミュージシャンたちの一期一会の演奏や「万が一」を覚悟したような浜田省吾本人の歌、更に、それを受け止める客席の空気。MCも映像もないことがより想像力を豊かにしてくれる。まさに「ライブ盤」なればこそだ。
ライブなき日本列島。ライブアルバムもライブ映像も作られないかもしれない2020年。コンサートスタッフや地方のイベンターは大丈夫なのだろうか。
再び日本中のコンサート会場で音が鳴らされ、客席が笑顔と拍手と歓声で埋め尽くされる日が来ることを願うしかない。
そして、その日が来た時に、今まで經驗したことのない感動的な場面が待っていることを夢見つつ、「ライブ盤」の意味を再認識させられている。
(タケ)