ゴールデンウイークが明けて、日本列島は一挙に気温が上がりました。暦はまだ立夏・・つまり初夏ですが、場所によっては7月上旬並みの真夏日が出現し、一気に夏を感じるようになってきました。
しかし、そうはいっても、まだ5月ですから、朝晩は気温も下がり、過ごしやすいのがこの時期です。湿度も真夏に比べたら低く、快適ですね。そんな今頃の季節にぴったりな、北欧の曲をとりあげましょう。
ヨハン・スヴェンセンの、「2つのスウェーデン民謡 Op.27」です。
ノルウェー出身、生涯の多くをデンマークで過ごす
北欧というと、古くはスカンジナビア半島の国、ノルウェーとスウェーデン、そして言語的にも民族的にも近いデンマークのことをあらわしました。現在では、民族的・言語的には遠いものの、地理的に隣国でスウェーデン領だった時代もあるフィンランド、デンマーク領だったアイスランド、ソ連が崩壊してからはバルト三国も含まれることがありますが、基本的には、スカンジナビア半島諸国とデンマークを指すことが多いようです。高緯度地域の国々なので、冬は厳しく、夏は北の地域では太陽が1日沈まない白夜があったりしますが、それほど長くありません。温帯に属し、近年の夏季の気候は熱帯の国のようになっている日本とは「夏」の質が違います。
「2つのスウェーデン民謡」という曲を書いたスヴェンセンは、ノルウェーの出身です。正確に書くと、「スウェーデン統治時代のノルウェーのクリスチャニア、現在の首都であるオスロ生まれ」です。そして、人生の多くをデンマークのコペンハーゲンで過ごし、そこで亡くなりました。まさに「北欧人」というにふさわしい人です。彼にとっては、スウェーデン民謡を自作に取り入れることは、故郷の旋律を曲の題材として生かす、当然の行為だったといえます。
もう少し詳しく彼の生涯を追うと、1840年に後にオスロと改名する前のクリスチャニアに音楽教師の父の元に生まれたスヴェンセンは、幼い頃からヴァイオリンとクラリネットを学びました。北欧の多くの作曲家がそうであるように、・・・ちょうど3歳年下で、ノルウェーを代表する作曲家と現在では考えられているエドヴァルト・グリーグもそうしたように・・・ドイツのライプツィヒ音楽院へ留学して音楽を学びます。最初はヴァイオリニストとしてですが、手に問題を抱えたため、作曲に専攻を変え、カール・ライネッケなどに師事しています。
作曲で最優秀の成績で卒業したあと、彼は指揮に次第に興味を惹かれ、指揮者として活躍するようになります。ドイツから故郷ノルウェーに戻ったのもクリスチャニアでの指揮者としてのポストがあったからであり、その後、デンマークのコペンハーゲンに亡くなるまで居住したのも、コペンハーゲン王立劇場管弦楽団の指揮者としての仕事からでした。
19世紀ヨーロッパの音楽界を席巻したと言ってもよいドイツのオペラ作曲家リヒャルト・ワーグナーとも親しく、彼の招きで、フランスや、ドイツにも指揮者として行き、生前は、作曲家としても、指揮者としてもかなり高名な存在でした。しかし現在、ノルウェーの作曲家としては、圧倒的にグリーグの知名度のほうが高いのは、生涯の多くをデンマークで過ごしたことによるのかもしれません。
「すべて天空のもとに」と「古き自由な北の国」
グリーグは、以前ご紹介した「抒情小曲集」のようなピアノ・ソロの曲や、室内楽といった小編成の作品を得意としましたが、スヴェンセンは指揮者だけあって、そのほとんどの作品が管弦楽のための作品となっています。「2つのスウェーデン民謡 Op.27」も、民謡という素朴な題材を扱っているので、他の作曲家ならピアノ曲やピアノ伴奏の弦楽器の曲にしてしまいそうですが、スヴェンセンは弦楽オーケストラのために作曲しました。
1曲目には「すべて天空のもとに」、2曲目には「古き自由な北の国」というタイトルが付けられています。もとの題材が民謡のため、大変わかりやすく親しみやすい旋律がヴァイオリンなどによって演奏されます。2曲とも、どこか悲しげではかなげなメロディーなのは、世界の他の多くの民謡がそうであるように、歴史に揉まれた人々の感情が現れているからかもしれません。しかし、弦楽のみの編成で演奏されるため、サウンドがクリアで、清々しさを感じる曲でもあります。
1曲が3分ほどで、全体でも6分ほどで聴き終えることが出来るこの曲は、初夏のこの時期に、北欧の空を想像して、聴きたい佳曲です。
ちなみに、2曲目の「古き自由な北の国」に使われたスウェーデン中部ヴェストマランド地方の民謡には、民俗学者で作家でもあったリッカルド・ディベックによって詞がつけられています。「汝のいにしえの歴史、汝の自由、汝は峰が連なる山岳地帯の北の国・・・」と歌い始められるこの曲は、現在のスウェーデン国歌です。
武装中立という国家体制を維持し、今回のコロナ・ウィルスに対しても他の欧州諸国とは異なり、「厳しいロックダウンはしない」という方針で臨んだスウェーデンには、独立独歩の気概をいつも感じます。北欧人スヴェンセンのこの曲は、そんな「誇りの高さ」も表現しているような気がします。
本田聖嗣