タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
ベストアルバムには、その作り方にいくつかの傾向がある。
最も多いのが、その人のキャリアを飾ってきたヒット曲や代表曲を発売順に網羅するというものだ。そこにカップリング曲やアルバムの中の「隠れた名曲」を交えるという作り方もある。いずれにせよ、そのアルバムがあれば、その人がどんなことを歌ってきたかが判るというお得な総集編ということになる。
ただ、中には、そこにとどまらない例も少なくない。ベストな選曲とは何か、ベストアルバムで何を伝えようとするのか。ベストアルバム自体にオリジナリティーを持たせるにはどうすべきなのか。2020年4月に出たJUJUのベストアルバム「YOUR STORY」は、まさにそんなアルバムだった。
「みなさんが聞きたいと思うことを歌いたい」
「去年、15周年のツアーを行った時に、リスナーの方のあなたが聞きたいと思う曲を送ってもらったんです。思いがけない曲が色々あった。そういう曲を踏まえながら、『語り部』として伝えたい愛の物語を綴ってみました。四つの劇場でそれぞれ13本の短編映画を上映している。というイメージです。その中のどこかにあなたの愛があると思っていただければ」
アルバムは4枚組。各13曲入りの全52曲。それぞれのDISCに「Theater」としての色がついている。DISC1は「大いなる愛」を歌った「RED」。DISC2は「ままならない愛」の「PURPLE」、DISC3は「浮つきすぎない大人」の「PINK」、そして、DISC4が「頑張って仕事をしている人」の「BLUE」という具合だ。
それぞれのDISCの一曲目が物語を象徴している。「RED」の一曲目が「やさしさで溢れるように」、「PURPLE」が「この夜を止めてよ」、「PINK」が「素直になれたら(feat.Spontania)、「BLUE」が「奇跡を望むなら...」だ。13曲があたかも一つのストーリーのように感情の波を押し上げてゆく。そして、それぞれのDISCの最後には新曲や未発表曲がフィナ―レのように用意されている。全52曲の最後は今年の2月に出た新曲「STAYIN' ALIVE」。全てを吹き飛ばすように"かかってきなさい未来"と歌っている。
「一番最初と最後の曲だけは決めてました。どんなことがあっても赤盤の世界観にたどり着きたい。消えない愛を信じたい、世の中に出会うべき人が一人はいると私は信じたいので、いつの日かその人に出会うという希望や願いがあってのこの並びです」
JUJUのデビューは2006年のシングル「光の中へ」だった。その時は、ニューヨーク在住というだけで、プロフィールなどは明かされていなかった。マンハッタンのクラブシーンの洗礼を受けた歌いっぷりは、新人とは思えない力量を感じさせた。同時に、日本のシーンに同化できるだろうかという素朴な感想もあった。
「首の皮一枚の始まりでしたからね。もしこれでダメだったら契約終了、という瀬戸際で出したのが『奇跡を望むなら...』でした。自分ではバラードに自信がなかったんです。でも、あの曲を出した時に、癒されました、というお便りを頂いて。初めてだったんですが、無上の喜びで。その時に歌えることが幸せだと思った。歌いたくないジャンルがなくなりました。自分のことより、みなさんが聞きたいと思うことを歌いたいと思いました」
感動的なお涙頂戴では終わらない
語り部としての自覚、というのだろうか。これまでのアルバム発売時や自身のホームページなどで「愛とは」というテーマでリスナーの体験談などの書き込みを求めていたこともある。2012年に出たベストアルバムは「BEST STORY~Love stories」「BEST STORY~Life stories」の二枚。アルバムチャートの1位、2位を占めた。「YOUR STORY」は、「Love」「Life」とテーマを分けた前回よりも更に「愛」に特化している。そして、内容も更に踏み込んだものになっている。
「YOUR STORY」の52曲の流れが、一般的な「ラブストーリー」に収まっていないのは、DISC4を聴けばわかる。その代表的な例に、一昨年のアルバム「I」に入っていた「かわいそうだよね」がある。
自分が「選ばれた女」と自負している女性が「かわいそうだよね」「ああはなりたくないね」と見下したように同情していた相手と今の自分を比較している歌。ある時、自分がそういう存在になってしまっていることに気付いてしまう。「かわいそうなのはあたしだった」「あたしにしかできないことなど何もなかった」と自虐的に歌っている。作詞作曲は平井堅だ。
「私ってやさぐれなんだけど、なかなかそうは見られない、そんな歌は誰も書いてくれないし、と話してたら堅さんが俺が書こうか、と言ってくれて出来た歌です。テーマはやさぐれ、です(笑)」
JUJUのコンサートに初めて足を運んだ方は、彼女のさばけた話っぷりに新鮮な印象を持つに違いない。ジャズが歌いたくて10代の時に渡ったニューヨーク仕込みの話のテンポと回転の速さ、そして、客席に対しての細やかな気遣いと気風の良さ。インタビューで「将来は寝そべる事が出来るようなカウンターのあるバーをやりたい」と言っていたこともある。「YOUR STORY」のフィナーレも、感動的なお涙頂戴では終わらない。そういう「愛の予定調和」を一蹴したような曲が、52曲目の「STAYIN' ALIVE」だ。冒頭から「涙流せば虹が出るセオリー もう飽きちゃってるんです」なのだから。泥沼でプライドがズタズタになって、シャワーの中で一人泣こうと、「かかってきなさい未来」「痛いの飛んでいけ」と歌い飛ばしてしまうあっけらかんとした大人の前向きさは、ここまでのキャリアがあってこそだろう。
彼女の音楽人生を決定づけた「奇跡を望むなら...」は、今、受験ソングとしても聞かれているのだと言う。「奇跡を望むなら 泣いてばかりいちゃだめさ」という歌詞が一縷の望みに向かう若者たちの気持ちに届いた。明日が見えない2020年の日々の中でどんな風に聞かれるだろう。
人を愛するという気持ちに年齢はない。DISC1の新曲「あざみ」は、愛する人を「見送る歌」だった。
「YOUR STORY」52曲の「喜怒哀楽」。愛とはこんなにも苦しく、こんなにも愛おしいものなのか。YOU TUBEでは、「Theater」別の全曲のライブ映像が公開されている。
9月にはツアー「YOUR STORY」が決まっている。その時には、全国でライブ活動が再開されていることを祈るばかりだ。
(タケ)