「異物」に味わいが
いわしバター。なんともそそる語感である。この随筆を読んで、食したいと思う前に作ってみたくなった。私はオイルサーディンに(も)結構うるさくて、決まった銘柄の缶詰を4~5缶常備している。サラダに使うこともあれば、酒の肴にすることもある。
早速、平松レシピに挑戦した。使った「スモークオイルサーディン」はラトビア産(輸入業者は大阪のトマトコーポレーション)で固形量70g(開けた缶では小ぶり11尾)、これをフォークで軽く潰し、湯煎した有塩バター45gを加えてもうひと練り。冷蔵庫で落ち着かせてから、輪切りのバゲットに「ぎゅーっと塗りこめて」かぶりついた。基本はバターなので、ウオッカなどのスピリッツとも相性が良さそうだ。
さて、平松さんの文体の特徴の一つは、普通なら漢字で書く語句をあえて平仮名にすることだと悟った。私が引用した部分にも、いっけん(一見)、じゅうぶんやわらかく(十分軟らかく)といった表記が散見される。ついでに言えば「いわし」も、特にこだわりのない書き手であれば「イワシ」か「鰯」が多数派と思われるのだ。
優しくも厳しい校閲チームの下で文章を紡いできた身としては、正直、こうした独特の用法に違和感を覚えないこともない。読者の好みも分かれるところだろう。楽しい食エッセイだから硬くしない、という意図はもちろん分かるし、プロだから多くは成功している。
作中にちりばめられた言葉遣いの「異物」は、読者を立ち止まらせ、文章を反芻(はんすう)して味わわせる効果を持つ...ちょうど潰れずに残ったイワシの身のように。滑らかに流れすぎてはいけない文章もある。いわしバターのレシピと共に教えられた。
冨永 格