いわしバターの悦楽 平松洋子さんは作り継いで「冷蔵庫のお宝」に

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「異物」に味わいが

   いわしバター。なんともそそる語感である。この随筆を読んで、食したいと思う前に作ってみたくなった。私はオイルサーディンに(も)結構うるさくて、決まった銘柄の缶詰を4~5缶常備している。サラダに使うこともあれば、酒の肴にすることもある。

   早速、平松レシピに挑戦した。使った「スモークオイルサーディン」はラトビア産(輸入業者は大阪のトマトコーポレーション)で固形量70g(開けた缶では小ぶり11尾)、これをフォークで軽く潰し、湯煎した有塩バター45gを加えてもうひと練り。冷蔵庫で落ち着かせてから、輪切りのバゲットに「ぎゅーっと塗りこめて」かぶりついた。基本はバターなので、ウオッカなどのスピリッツとも相性が良さそうだ。

   さて、平松さんの文体の特徴の一つは、普通なら漢字で書く語句をあえて平仮名にすることだと悟った。私が引用した部分にも、いっけん(一見)、じゅうぶんやわらかく(十分軟らかく)といった表記が散見される。ついでに言えば「いわし」も、特にこだわりのない書き手であれば「イワシ」か「鰯」が多数派と思われるのだ。

   優しくも厳しい校閲チームの下で文章を紡いできた身としては、正直、こうした独特の用法に違和感を覚えないこともない。読者の好みも分かれるところだろう。楽しい食エッセイだから硬くしない、という意図はもちろん分かるし、プロだから多くは成功している。

   作中にちりばめられた言葉遣いの「異物」は、読者を立ち止まらせ、文章を反芻(はんすう)して味わわせる効果を持つ...ちょうど潰れずに残ったイワシの身のように。滑らかに流れすぎてはいけない文章もある。いわしバターのレシピと共に教えられた。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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