ゴールデン・ウィークが始まり、いよいよ日本列島は春たけなわとなりました。例年この時期はまだ上空に残っている冬の冷たい空気と、春の温かい空気が入り乱れて天候が一時的に不安定になったりしますが、今年のGW後半はどうやら春を通り越して初夏となりそうな勢いです。
戸外の気候は良くても、残念ながら、現在、日本に限らず全世界で新型コロナウイルス感染拡大を防ぐために、なるべく家に籠もらなければいけません。なので、今日は、聴くだけで春や初夏を感じられる曲を取り上げましょう。
15~16世紀イタリアで盛んだった多声部の声楽曲
クラシックの発祥の時代と言っても良い16~17世紀のイタリアで活躍した、クラウディオ・モンテヴェルディのマドリガーレの中の1曲、「西風が戻り、晴天がやってくる」です。
以前、「オペラ」を最初に書いた作曲家、として取り上げたモンテヴェルディですが、彼は、オペラだけでなく、たくさんのマドリガーレも残しました。
「マドリガーレ」とは、14世紀にイタリアで盛んとなった詩の形式を指すこともあるのですが、クラシック音楽においてマドリガーレというとそれとは無関係に、15世紀から16世紀にかけて、同じイタリアで盛んになった多声部の声楽曲のことを指します。宗教的なものや世俗的なもの、ア・カペラのものや当時の楽器で伴奏が入るもの、と実に様々なスタイルがあるのですが、いずれにせよ、オペラとはまた違った形で、声楽によるダイナミックな音楽を目指した結果盛んになった形式です。この後さらに発展してバッハなどのバロック時代における「カンタータ」につながっていきます。楽器がまだ不完全かつ発展途上であった時代、音楽の主力はやはり「声」で、当時の作曲家たちは、声を中心とした音楽にどれだけ豊かな表現力を盛り込めるか、ということに努力を傾注したのです。
そんな作曲家の中でも、モンテヴェルディは一方で質の高いオペラを書くだけの実力がある抜きん出た存在でした。ヴァイオリンの聖地として有名な北イタリアのクレモナに1567年に生まれた彼は、教会で音楽を学び、マントヴァやヴェネツィアの宮廷に作曲家として、声楽家として、弦楽器奏者として仕えました。この時代は作曲家が演奏家であり、演奏もするからこそ、よりダイナミックな表現を、という課題を現場で考えることが出来たのかもしれません。
そんなモンテヴェルディの生涯に渡って書き続けられた作品が一連の「マドリガーレ」であり、その中で彼は次々と工夫を凝らして改良し、ついには声楽と演劇と器楽の融合である「オペラ」というものを生み出していきます。いわば、マドリガーレという作品群は、モンテヴェルディのホームグラウンドであり、実験場でもあったのです。それには、当時の宮廷や教会で、マドリガーレなどの演奏の機会が豊富にあった、ということが背景にあると考えられます。
原作の詩も14世紀の有名なペトラルカ
今日の1曲、「西風が戻り、晴天がやってくる」は、1614年に書かれたマドリガーレ集 第6巻に収められています。5人の男女によってア・カペラで歌われる「5声部」の曲です。彼には同名の曲がもう1曲あるのですが、この曲のほうが、原作の詩も14世紀の有名なペトラルカであることもあってはるかに有名です。
「西風」は、欧州に春や初夏を告げる喜ばしい風です。ギリシャ神話ではゼフィロスという神のキャラクターが与えられています。冒頭から、「ゼフィロ、ゼフィロ・・・」と歌い出されるこのマドリガーレは、長い冬が終わって暖かい季節を迎える喜びに満ちており、400年後の我々が聴いても、ストレートにその感情が伝わってきます。一方で、フィレンツェのウフィツィ美術館にある「ヴィーナスの誕生」や「ラ・プリマヴェーラ(春)」の名画を見たときの感情にも通じる、とても典雅な雰囲気もたたえています。
現在、外に自由に出て春の風を肌で直に感じたり、イタリアの美術館に見学に行くことはかなわない夢となっていますが、音楽は、家の中でも聴けます。「風邪」に気をつけつつ、すてきな西「風」を音楽で味わってみませんか?
本田聖嗣