自分の生活に疑問、人前から姿消す
一つ目は、青年らしいものでした。恋愛です。ピアノの弟子であり、ほぼ同い年だったカロリーヌ・ド・サン=クリック嬢に恋したのです。父親がフランスの伯爵で、商務大臣という高い身分の令嬢との関係は、当初は伯爵夫人の応援を受けていましたが、その母親が亡くなると暗転しました。大臣の娘の相手として「遠い外国からやってきたどこの馬の骨ともわからない音楽家」は不釣り合いだったのです。伯爵に交際をやめるよう説得され、16歳のリストは引き下がるしかありませんでした。このあと多くの恋愛を重ねることになるリストですが、カロリーヌとの最初の大恋愛だけは、生涯忘れ得ぬものとなりました。
しかし「引きこもり」の原因は、二つ目のほうが大きかったかもしれません。それは、こういうことでした。
小さい頃からピアノの神童として育てられ、王侯貴族の居間や、社交界といった華やかな場所で演奏を重ね、洗練された身のこなしや会話、そしてなにより超人的なピアノの腕は身につけていましたが、リストは突然、それでいいのか・・と自分の生活に疑問を持ってしまったのです。他の子供と違い、一般教育も受けていないので教養がないと自覚していましたし、リストに熱狂的な喝采を寄せる人々の様子を見慣れるにつけ、彼は「芸術」を志しているのに、ステージで猿回しの猿を演じさせられている・・・と感じるようになるのです。彼が救いを見出した先は、宗教でした。ブーローニュに滞在中から宗教的な本を読み漁り、それをよく思わない父親に本を取り上げられたりしていたのですが、父なき今、パリのリストは、本格的に読書三昧の生活に入ろうと決心したのでした。
人前から姿を消し・・・すなわちあれだけ望まれている演奏会をきっかりとやめ、その上、レッスンもしなくなりました。そして、今度は宗教関係だけでなく、哲学や文学書を読み漁ります。友人に「フランス文学のすべてを教えて下さい!」と依頼したりもしています。ハンガリー出身だがハンガリー語を喋れなかった、ドイツ語ネイティブのリストだったはずですが、この時期は完全に「フランス人」になっていました。ヴォルテール、モンテーニュ、パスカル、ルソー、そしてヴィクトル・ユーゴーなどを乱読したリストの後年の代表的な作品が、多くはフランス語の題名が付けられ、また宗教的な内容を持つものが多いのは、この時代の影響だといえましょう。