ノルウェーに今すぐ帰りたいけれど...
その中でも、「抒情小曲集」は20代から体が悪くなる晩年まで書き続けられた、ライフワークともいうべき作品で、全10集からなる、小さな曲をたくさん集めた曲集です。大きなリサイタルよりはサロンコンサート向きの作品・・という規模の曲がほとんどで、事実、サロンでよく演奏されたそうです。
抒情小曲集 第3集の最終第6曲が、「春に寄す」です。北欧の「静かにやってくる春」が、ピアノの高音部の音で表現され、春への期待が高まりつつも、一歩一歩やってくる爽やかな風景を噛みしめるような情景描写がとても美しく、単独でもよく演奏されます。
実は、この「春に寄す」は祖国を離れて、欧州への演奏旅行の途中で書かれた作品です。彼がちょうどデンマークにいる時に、どうしてもノルウェーの春が懐かしくなってしまい、その情景を頭に思い浮かべながら書いた、と言い残しています。今すぐ帰りたいけれど、帰って春の風景を見ることは、実際はかなわない・・・そんな、やるせない想いが込められているのです。聞く人々にその心が通じるからでしょうか、すべてのグリーグのピアノ作品の中でも、ひときわ人気が高く、人々に愛聴される曲となっています。
現在、世界の多くの人々が、屋外に出て、春を思いっきり満喫することができなくなっています。今こそ、グリーグの「遠い祖国の春への思い」を共有して味わってみませんか?
本田聖嗣