東京ウォーカー4月号の「あの素晴らしいカルチャーをもう一度」で、高山真さんが「ヤンキー文化」を語っている。多くが知る懐かしい文化や世相を、新たな視点で味わい直す連載。〈超・千里眼エッセイストがお届けする〉との副題がつく。
高山さんは2018年の年末に帰省した際、地元に住む6歳の姪が「男の勲章」を歌っているのに腰を抜かしたそうだ。1982年に出た嶋大輔のヤンキー歌謡。35年以上の時を経て、それが日本テレビのヤンキードラマ「今日から俺は!!」の主題歌にリメイクされ、姪っ子の知るところになったというわけだ。
「ナンシー関(1962-2002、冨永注)は〈日本の9割はヤンキーとファンシーでできている〉という名言を残しましたが、その言葉は2010年代になっても生きていた...と、しみじみ思ったものです」
「男の勲章」と並ぶ80年代ヤンキーものの横綱として、高山さんは「ビー・バップ・ハイスクール」を挙げる。1983年から週刊ヤングマガジンで連載された人気漫画(きうちかずひろ作)である。中山美穂や仲村トオルらによる映画もシリーズ化された。
「これは褒め言葉ですが、見たあとに見事なまでに何も残りません...でも、なんだかんだで見終わったあとはスッキリする。そしてそのスッキリすら、翌日にはキレイに消えてしまうのです。しかし、同時に思うのです。『見たあとに何も残らない』ことこそ、ヤンキーコンテンツの重要なポイントの一つではないか、と」
つかの間のスッキリ
「『ヤンキー=不良』というド定番の定義のほかに、私が思うヤンキー像はこんな感じです」と前置きして高山さんが列記する特徴は三つある...
●やたらとファミリー感を出し結束は固い(だから外部の集団を簡単に敵とみなす)
●二言目には「オレはバカだから難しいことはわかんねえけど」的なことを言う
●よく泣く
「難しいことを考えずに、『敵か味方か』で単純に分けられる人間関係の物語を鑑賞し、味方同士の友情に泣く。そしてつかの間のスッキリを得て、しばらくしたら同じような物語を消費する...これはこれで、一つの『完成型』だと思うのです」
そして日本の芸能界は、この「完成型」の量産と極めて相性がいいのだという。
「ファミリー感。バカであることが重宝される。よく泣く...この3つは、日本の芸能界の本質そのものでもでもあるからです。和田アキ子や島田紳助の時代から、EXILE TRIBEまで、ヤンキー的な『集まり』は芸能界の中枢と言っていい」
そう。ヤンキー文化は不滅なのだ。
「手を替え品を替えヤンキーコンテンツは生み出されていくでしょう。そしてそのたびに、日本人は『ビー・バップ・ハイスクール』を懐かしく思い出すことになるのです」
ジャージーでドンキに
東京ウォーカー(KADOKAWA)は、首都圏の独身者を主なターゲットにした情報誌。「東京は、一人でも楽しい」を編集コンセプトに、グルメやレジャー、文化などの話題を網羅している。関西ウォーカー、東海ウォーカーなどの姉妹誌もよく知られる。
80~90年代を中心にトレンドを振り返る高山さんの連載は、これまでトレンディドラマや卒業ソングなどを取り上げてきた。ヤンキー文化は過去テーマに比べ広がりを欠く嫌いもあるが、芸能界との相性の良さを指摘され納得がいった。
高校で暴れた経験がなくても、私たちは時代の空気として「ヤンキー的なもの」を呼吸してきたし、いまも出し入れしている。たとえば、ジャージーでドンキに出かける自分にそれを感じる。はた目にはただの「しょぼいジジイ」だとしても、だ。
それが「手を替え品を替え」して生み出されるコンテンツの影響だとは意識しないが、アラフィフのビーバップ世代なら、私以上に内面化しているかもしれない。ヤンキーは芸能史上ではなく、それぞれの心の中で生きていく。
冨永 格