山水郷に移る若者たちと日本の未来

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■『日本列島回復論』(著・井上岳一 新潮社)

   限界集落を抱える多くの地域にはどのような未来があるのか。かつて、日本列島改造論では、新幹線と高速道路のネットワークを全国に張り巡らし国土の均衡ある発展を目指した。その基盤のうえで、限界集落ひとつひとつのアイデンティティーを大切にすることから、日本を住みよい国にしようと提案するのが日本列島回復論。著者の井上さんは、農学部林学科を卒業後、林野庁勤務を経て山村の将来を考え続けている頼もしい人だ。

実際に助け合える人間関係

   大企業のサラリーマンという職業には安心が伴わなくなり、実際に助け合える人間関係を求めて、SNSでのつながりを重視する働き方、生き方を選ぶ若者が増えている。人のつながりに加えて水や食料が身近にあることも重要な要素で、そうした恵みがある地域を山水郷(さんすいきょう)と名づけている。

   首都圏の一都三県には一部上場企業の62%があり、その人口3000万人の76%は一都三県の出身者という日本で、東京圏の若者が山水郷に移住することは社会的にも大きな意義がある。

   おいしい水と食材に恵まれている山水郷に、農業におけるAI(人工知能)活用、自動収穫・運搬、自動車の自動運転、それらのための太陽エネルギー、教育や医療の遠隔対応などが進めば、山水郷は若者が競って住む場所になる。また、男性の四人に一人、女性の七人に一人が生涯未婚の今日、家族以外の互助がある山水郷は「郷土」の役割を担える存在だ。

   世界がフラットになる中で、山水郷の価値はむしろ浮き彫りになっている。都市部の若い世代が山水郷に移住し、仕事をつくり、生活を楽しむ。仕事はエキサイティング、暮らしはスローライフと一粒で二度おいしい。そうした姿が世界から注目され、外国人が山水郷にやってくるようになっていくのだ。

   山水郷に世界水準の研究所を設立し、成果を上げているのが、山形県の庄内平野、鶴岡市に立地する慶応義塾大学先端生命科学研究所だ。自然が豊かで時間がゆっくり過ぎる環境は研究に向いているという。

   企業の本社を地方都市に移すことも、山水郷での暮らしを容易にする。トヨタ自動車の本社に近い山水郷に住む社員は少なくない。石川県小松市では、コマツが自治体と一体となって、教育、まちづくりまで協働し、様々な成果があがっている。本社の地方移転は、山水郷の活性化の基盤となるのだ。

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