ASKA、「Breath of Bless」
ソロとしての「今」と「未来」

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   アルバムらしいアルバムだなあというのが第一印象だった。シンガーソングライターにとってオリジナルアルバムというのがどういうものかという大命題の答えのようなアルバムと言っていい。

   どういうことか。

   重要なのは三点だ。

   一つ目はシングル盤や既発曲をまとめただけではないこと。二つ目は、そのアーティストの「今」が歌われていること。そして、三つ目は、アルバムとしての聴き応えだ。一曲だけでは味わえない一枚の流れ。この曲順でなければ表現出来ないという全体像を持っていること、などだ。

   2020年3月20日に発売になったASKAのソロ10枚目のオリジナルアルバム「Breath of Bless」がまさにそういうアルバムだった。

  • 「Breath of Bless」(DADA label、Amazonサイトより)
    「Breath of Bless」(DADA label、Amazonサイトより)
  • 「Breath of Bless」(DADA label、Amazonサイトより)

「遺書なら昔に書いてある」

   ASKAの新作アルバムは2017年に出た「Too Many People」、「Black&White」という二枚以来、2年5か月ぶりだ。

   でも、2018年には「We are the Fellows」「Made in ASKA」という二枚のベストアルバムも出た。去年から今年にかけては、ベストアルバムを携えたツアーを「Made in ASKA~40年のありったけ」とストリングスとバンドをミックスした「premium ensemble concert~higher ground」も行っている。自分のキャリアを総括したような流れの中に、去年の8月25日のCHAGE&ASKAの脱退もあった。

   新作アルバムは、そんな「これまで」に区切りをつけて新しい一歩を踏み出してゆく心情や心境が真摯に率直に、更に作品として豊かな音楽性とともに結実しているようだった。

   そうやって過ごされた前作以降の時間の中には新しい試みもあった。

   2018年3月25日から6か月間毎月、新曲を配信シングルとして発売したのがそれだ。アルバムの中には、その曲はもちろん収められている。

   そういう意味では、前述した三つの要素のうちの一番目にそぐわないと思われる方もいるかもしれない。でも、アルバムに向かう過程を公開するという意味では既発曲を無機的に集めた例には当てはまらないだろう。それらの曲の中にもアルバムの方向性が色濃く見え隠れしているからだ。予告編、序章と言った方がいいかもしれない。

   ASKAは筆者が担当しているFM NACK5のインタビュー番組「J-POP TALKIN'」で「配信はこんなにうまく行くとは思わなかった」と話していた。「自分への枷(かせ)のつもりで始めた6か月連続新曲配信なのに、あまりに順調に曲が出来てしまったためにこのままだと全曲を配信することになってしまう。それじゃベストアルバムと変わらなくなる」と笑った。「毎回、聞いている人の裏をかいてやろうとか、こういう曲が聞きたいだろうなと思いながら作った」ことの成果だろう。配信された6曲はどれもタイプが違う。

   最初に配信されたのが前回のアルバムで入らなかった「虹の花」で、二回目が21才で上京してきた時の東京の空を綴るモノローグが入る「未来の人よ」、三回目となった「修羅を行く」は、最新の機材を使って自分で音を打ち込んだ新境地のブルースロックだ。その後になった「イイ天気」は、キーボードで曲を作る事の多い彼が、久々にアコースティックギターで作ったホッとするような曲だ。そんなバラエティーがアルバムならではの彩りとなっている。

   ただ、前述の三つの要素のうち、特筆しなければいけないのは、後の二点である。デビュー40周年を超え、これまでのキャリアを捨てて新しい一歩を踏み出す彼の「今」が綴られているように思うからだ。

   例えば、アルバムの一曲目で、5番目に配信された「憲兵も王様も居ない城」がある。彼が「出る」「城」がどういうものなのか。ベースとドラムを強調した曲調は80年代のブリティッシュロックのようだ。「遺書なら昔に書いてある」という歌詞も暗示的だ。

アルバム半ば過ぎから違うフェーズに入る

   アルバムの中核となっているのは、ずっと「アルバム重視だからシングルは出さない」と言っていた彼が10年ぶりにシングルCDとして発売になった「歌になりたい」だ。去年から今年にかけての二つのツアーでも重要なレパートリーとして歌われていた。

   彼の作風の代名詞になっていた大胆な転調を封印したかのような自然体の広がりのあるバラード。空に向かった扉が次々と開いて光が差し込んでくるような神々しいほどの至福の瞬間が煌めいている。「もし僕に もし君に役目があるのなら この地上の この星のこの宇宙の歌になりたい」と歌われる。

   それがアルバムの10曲目だ。軽やかな曲調と対照的にまだ見えない「未来」に向かう静かな誓いが歌われる9曲目「じゃんがじゃんがりん」のエンディングは、ここからアルバムが違うフェーズに入って行くという転換の合図のようだ。「愛になれるかい」と歌われる11曲目の「消えても忘れられても」。12曲目は「青い海になる」だ。歌と宇宙、愛と日常、青い海と黒い海。「なりたい」「なれるかい」「なる」という三曲から大団円に向かって行く。13曲目の「星は何でも知っている」は、6曲連続の最後、8月25日に配信されたものだ。彼が脱退を表明したのはその一年後だった。

   アルバム一枚に込められた「未来」への想いを全て受け止めたように聞こえるのがアルバムの14曲目の「We Love Music」だ。去年から今年にかけてのツアーのハイライトとなっている曲。精神はゴスペルを思わせつつも洋楽をなぞらえている印象がない。全身を振り絞るように高みを求めて行くシャウトは彼がライブを重ねる中で身に着けてきたものだろう。客席と一体になった熱唱はまさに「音楽」そのもののようだった。

   10曲目から14曲目までは、この流れ以外にはありえなかったはずだ。

   CD許容時間一杯を使った15曲目に入っているのがアルバムのタイトル曲。シングル「歌になりたい」のカップリングだった「Breath of Bless~すべてのアスリートたちへ~」。

   当初は、小学生だった1964年の東京五輪の記憶を呼び戻しつつ2020年への期待をアスリートへの敬意とともに作曲されたインスツルメンタルが、40年の到達点とも言えるアルバムの高揚した息遣いを鎮める余韻となって流れて行く。

   彼にとって「音楽」とはどういうものなのか、今、どこに向かおうとしているのか。そして、どんな道を進もうとしているのか。

   ソロ・アーティストとしての「今」と「未来」がこんなに如実に表現されているアルバムがあるだろうか。

   彼はすでに新しい曲のレコーディングに入っている。そして、10月からのツアーも発表になっている。

   もう立ち止まる時間はないのだと思う。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール
タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーティスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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