アルバム半ば過ぎから違うフェーズに入る
アルバムの中核となっているのは、ずっと「アルバム重視だからシングルは出さない」と言っていた彼が10年ぶりにシングルCDとして発売になった「歌になりたい」だ。去年から今年にかけての二つのツアーでも重要なレパートリーとして歌われていた。
彼の作風の代名詞になっていた大胆な転調を封印したかのような自然体の広がりのあるバラード。空に向かった扉が次々と開いて光が差し込んでくるような神々しいほどの至福の瞬間が煌めいている。「もし僕に もし君に役目があるのなら この地上の この星のこの宇宙の歌になりたい」と歌われる。
それがアルバムの10曲目だ。軽やかな曲調と対照的にまだ見えない「未来」に向かう静かな誓いが歌われる9曲目「じゃんがじゃんがりん」のエンディングは、ここからアルバムが違うフェーズに入って行くという転換の合図のようだ。「愛になれるかい」と歌われる11曲目の「消えても忘れられても」。12曲目は「青い海になる」だ。歌と宇宙、愛と日常、青い海と黒い海。「なりたい」「なれるかい」「なる」という三曲から大団円に向かって行く。13曲目の「星は何でも知っている」は、6曲連続の最後、8月25日に配信されたものだ。彼が脱退を表明したのはその一年後だった。
アルバム一枚に込められた「未来」への想いを全て受け止めたように聞こえるのがアルバムの14曲目の「We Love Music」だ。去年から今年にかけてのツアーのハイライトとなっている曲。精神はゴスペルを思わせつつも洋楽をなぞらえている印象がない。全身を振り絞るように高みを求めて行くシャウトは彼がライブを重ねる中で身に着けてきたものだろう。客席と一体になった熱唱はまさに「音楽」そのもののようだった。
10曲目から14曲目までは、この流れ以外にはありえなかったはずだ。
CD許容時間一杯を使った15曲目に入っているのがアルバムのタイトル曲。シングル「歌になりたい」のカップリングだった「Breath of Bless~すべてのアスリートたちへ~」。
当初は、小学生だった1964年の東京五輪の記憶を呼び戻しつつ2020年への期待をアスリートへの敬意とともに作曲されたインスツルメンタルが、40年の到達点とも言えるアルバムの高揚した息遣いを鎮める余韻となって流れて行く。
彼にとって「音楽」とはどういうものなのか、今、どこに向かおうとしているのか。そして、どんな道を進もうとしているのか。
ソロ・アーティストとしての「今」と「未来」がこんなに如実に表現されているアルバムがあるだろうか。
彼はすでに新しい曲のレコーディングに入っている。そして、10月からのツアーも発表になっている。
もう立ち止まる時間はないのだと思う。
(タケ)