戦後日本国民がかかえた「ねじれ」 考察は令和に引き継がれた

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「若い人」に場所を譲り活躍してもらう助力をする

   ところで、2015年9月のこのコラムで紹介した「敗戦後論」をはじめとして、文学から社会時評まで幅広く活躍していた文芸評論家の加藤典洋氏が、昨年5月16日に死去した。享年71歳だった。評者は、加藤氏のこれからの執筆活動もとても期待していた。加藤氏の死去とほぼ同時に出版されたのが「完本 太宰と井伏 ふたつの戦後」(講談社学芸文庫)だ。太宰治が戦後なぜ再び死に赴いたのかを考察したものだ。

   加藤氏は、「著者から読者へ」で、この本の解説をまったく会ったこともない與那覇氏に依頼した事情を書いている。「このブリリアントな若い人が、太宰や井伏について書かれたこの本を、先入観なしに読んで、どんな感想を持ってくださるかに関心があった。この人は、病気をくぐって、その思考を深めることのできる人だということを、氏の近著『知性は死なない、平成の鬱をこえて』を読んで得心したからにほかならない」とし、自分を「老人」(「若い人を助ける「一歩身を引いた」、「自分の分限を知った」社会的人間」)として、與那覇氏のような「若い人」に場所を譲り、そういう人に活躍してもらう助力をすることが役割だとしている。

   與那覇氏は、加藤氏の、変遷を遂げてきた「自己論」の最新のところを、「自他の境界がやぶけ、あるいは破線となった状態で、あるべき姿へと自身を引き上げる理念と、ただ在るだけの状態へと下降する生命の重力との均衡として、個人の生はとらえられる」と、この本から読み解いた。加えて、1995年になされた加藤氏の名著「敗戦後論」への批判の嵐の背景には、従軍慰安婦問題があったと指摘し、現状では、「あきらかに、当時『日本人』を糾弾していた他者の側の自己のありかたが固定化し、閉ざされた不自由な身体になっているようにもみえる」という。

   加藤氏が平成の時代を通じて考え続けてきた問題(戦後日本の国民がかかえた「ねじれ」)を、與那覇氏は令和の時代に彼の視点から深めていくのではないか。本人には余計なお世話かもしれないが、それを是非とも期待したいところだ。

   昨年1月から「PLANETSチャンネル」での連載「平成史」、そして、今年1月から朝日新聞でコラム「與那覇潤の歴史なき時代」の連載も隔週で始まった。直近では、「歴史学研究No993」(歴史学研究会編集 2020年2月)で、キワモノ扱いの「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)について「時評」を書き、江藤淳の問題提起に対する、いま売れっ子の論客たちの不当な評価や、赤坂真理氏の話題作「東京プリズン」の抱える問題点などへの切れ味鋭い考察を示す。

   狭義の歴史家は廃業したとするが、今後の執筆にはますます目が離せなくなった。

経済官庁 AK

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