4分に満たない小品も「おしゃれ」な感じが満載
そんなクライスラーが、1910年、自らの演奏会で演奏するために書いた小品が「中国の太鼓」です。曲は、伴奏のピアノが太鼓を模した同じ音の連打で始まり、その上でヴァイオリンが中国風で軽やかなメロディーを奏でる主部でスタートします。中間部は、中国の伝統楽器の模倣のような、ゆったりとした旋律がヴァイオリンパートに現れます。再び、冒頭と同じ軽快なパッセージが回帰して、最後は軽い足取りで遁走するようなユーモラスな表現で終わる・・・という4分に満たない小品なのですが、ヴァイオリンの超絶技巧を必要とする華やかさや、コミカルさと優雅さがほどよくブレンドされた「おしゃれ」な感じが満載です。現在でも、「美しきロスマリン」や「愛の喜び」といった曲と並んで、クライスラーのヴァイオリン・ピースとして愛好され、頻繁に演奏会で取り上げられます。
日本にやってきたときと同じ時期に、中国でも演奏旅行を行っているクライスラーですが、「中国の太鼓」・・・実はこの原題はフランス語でつけられています(クライスラーの母国語はドイツ語です)・・・を作曲した時には、中国はまだまだ「はるか彼方のアジアの大国」でした。
実は、クライスラーはこの曲を、米国サンフランシスコのチャイナタウンを訪れたときに着想していたのです。非アジア圏では最大規模の、そして、全米で最古でもあるサンフランシスコの中華街は、日本の歌謡曲にも歌われたぐらい有名で、彼は全米ツアーの時に訪れ、中国劇場で中国風の演劇を楽しみ、あたかも中国に居るかのような雰囲気を味わい、楽想が湧いたのです。もちろん、優れた作曲家であったクライスラーは、単純にそこで聞いた旋律をそのまま自作に拝借する、というようなことはしていません。あくまで、彼が考える「中国的な雰囲気」を持ったファンタジーを、楽しみながら作曲したのです。それは、「欧州人から見た中国」かもしれませんが、中国の京劇の音楽などに見られるリズミカルさを要素として取り入れつつ、優雅で小粋な・・・つまり彼の故郷ウィーンに通じる雰囲気も盛り込んだ「中国の太鼓」は、国境を超えて人気曲となったのです。
本田聖嗣