スケートボード「パーク」競技は、スノーボード「ハーフパイプ」のような円筒を半分に切った半円状のようなコースを滑り、得点を競っていく。持ち時間は45秒で、技の順番は自由だ。途中で転倒しても時間内であればそのまま競技を続けてよい。
勝敗は採点で決まり、「難易度」「メイク率」「技の組み合わせの見せ方」「スピード」「オリジナリティー」などから総合的に判断される。
日本人になじみのあるスポーツでいうと、フィギュアスケートのようでもある。
池田大亮選手(クリスタルガイザー・ムラサキスポーツ)は、「パーク」での東京五輪出場がほぼ確実と言われている。(インタビュアー・石井紘人 @ targma_fbrj)
決勝まで隠していた技を決め優勝
――スケートボードが五輪の正式競技になったと聞いた時、どう思いましたか。
池田 スケートボードって、一般の人たちからはマイナスなイメージの方が強いと思います。昔でいうと、(スケーターファッションに身を包みスケートボードを持って街でたむろして)警察に怒られている人を目にすることもあったと思います。それが五輪の種目になると見方も変えられると思いますし、すごく嬉しかったです。
――池田選手は2016年にAJSA(日本スケートボード協会)グランドチャンピオンになり、2017年には第1回日本スケートボード選手権大会やSLS DAMN AMで優勝。2018年には世界最高峰の大会であるTampa Am優勝、その後も多くのタイトルを獲得しています。
池田 14歳の時にアマチュア世界大会で優勝した時は嬉しかったですね。あの時が大きな大会の初優勝でした。あとは海外の大会のSLS DAMN AM優勝も嬉しかったです。それまでは日本の大会に出ていたので、知っている人とスケートボードすることになります。でも、海外だと知らない人ばかりじゃないですか。初めての対戦相手ばかりなので、「自分の実力を全部出そう」という戦う気持ちになりました。
――記憶に残っている大会は。
池田 2018年のTampa Amですね。大会前のコンディションは芳しくなくて、加えて時差ボケと緊張で全然寝られなかった。それでもスケートボードの調子は良く、準決勝が終わった後に「いけるかもな」と思いました。というのも、決勝まで隠していた技があったのです。一年前から練習していて、それを決勝一本目で「バッコーン」と出して成功し、その得点を誰も超えられなかった。「アジア人で初優勝だよ」とも言われて、記憶に残っていますね。
悔いのない滑りをして、観客が沸かせたい
――多くのタイトルを獲得し、順風満帆なスケートボード人生ですが、辛かったことはありますか。
池田 小学生の時ですね。皆、放課後は友達とゲームとかして遊ぶじゃないですか。でも自分は、学校が終わったらスケートボードに行くルーティンでした。もちろん、スケートボードは好きでやっていたので、パーク(ジャンプ台など構造物が設置されているスケートボード場)に行けば、遊びたい欲はなくなる。でも、パークに行くまでは、「あぁゲームして遊びたいな」とか誘惑が頭をチラつくんです。それが一番辛かった。
今は辛いことはありません。たとえばジムで、45秒のRUNで緊張して苦しくならないように有酸素系のトレーニングをやっているのですが、子どもの頃の「遊びたい欲」を我慢していた時に比べたら全然辛くない(笑)。
――東京五輪に対する思いと、どのようなプレーを見せたいかを教えてください。
池田 まだイメージは出来ていないです。今まで国を背負って代表として大会に臨んだことがないので、どのような気持ちになるのかな......。でも、結果は分かりませんが、悔いのない滑りをして、観客が沸かせたいですね。
自分のスケートボードは、階段を飛んだり、高く飛んだりが結構多いので、派手さはあると思います。あとは、メイク率(技を成功させる確率)の高さも強みなので、人と違う技をみせたり、すごい技にもチャレンジします。
――多くのタイトルをとっている池田選手には、メダルへの期待が高まると思います。メダルをとるために必要なことはありますか。
池田 「この技なら、これくらいのポイントになるな」とか予想出来るのは自分の強みです。なので、(引き出しを多くするために)今のうちから新しい技に取り組んでいます。
スケーターは、一度ミスがあると、立て直すのは難しい。そのミスを減らすことも意識しています。メンタルが強くなれば、ミスは起こりにくくなる。ではメンタルを強くするためには、となると、メイク率を高めることだと思います。「一か八か」で臨むと不安じゃないですか。そうではなくて、メイク率を高めて、自信を持った状態で東京五輪に臨みたいと思います。
池田大亮(いけだ・だいすけ)
2000年8月4日生まれ。あらゆるテラインで並々ならぬスキルを魅せるニュージェネレーション。2018年「Tampa Am」優勝、19年「JAPAN OPEN STREET CONTEST」優勝をはじめ、国内はもちろん海外のコンテストでも好成績を残す。東京五輪を見据えスキルを磨き続けている。クリスタルガイザー・ムラサキスポーツ所属。