ショパンの練習曲26曲から新たに53曲を生み出す
いわばアカデミズムの対極にあり、自由な表現を持ったピアニストとして活躍しゴドフスキーは、既存の作品を題材とした自由な即興・改作にも手を染めます。「パラフレーズ」などと呼ばれるこのジャンルは、以前の作曲家がピアニストでもあった時代を彷彿とさせるものですが(ベートーヴェンも30歳ごろまでは作曲家ではなく即興ピアニストでした)、演奏家と作曲家が分業制となった19世紀ロマン派の時代においても、ピアノの腕に覚えの有る作曲家は、みなこのようなジャンルに手を染めました。もともとがピアニスト・デビューだった、現在ではどちらかというと「作曲家扱い」のフランツ・リストにも、こういったジャンルの曲が多く見られます。ゴドフスキーは、リストほど「作曲家寄り」ではなく、あくまでピアニストだったため、作品数は彼ほど多くはありませんが、技巧派ピアニストらしく、とんでもないものを題材とした「練習曲」を手掛けるのです。
そう、それこそが名曲、ショパンの「練習曲」を題材にした練習曲、なのです。題名はまさに「ショパンの練習曲による練習曲」なのですが、ややこしいので、「ショパンのエチュードによる~」と、片方を言い換えるのが日本では習慣になっています。ショパンは全27曲の「エチュード」を残しましたが、ゴドフスキーは、そのうち26曲を原曲として、さまざまな「難技巧化」を行ない、なんと53曲もの新たなる練習曲を作り出します。数がやたらと増えているのは、原曲1曲に対し、さまざまなアレンジを加えて複数曲作っている場合があるからです。
もともと難曲であるショパンの「エチュード」を、さらに難しくしたため、これはプロのピアニストでもなかなか弾きこなすのは難しく、めったに演奏会でも取り上げられませんし、全曲録音などをするピアニストもごく少数ですが、もともとの題材が、知らぬ人のいない名曲ですから、結果的にゴドフスキーの最も有名な作品ということに現在ではなっています。
右手でさえ美しく弾くことが難しいショパンのエチュードのパッセージを、音を足して左手で演奏するように編曲したり・・・とゴドフスキーの作品は、ものすごく難易度が高くなっていますが、一種「ネタ的扱い」も含めて、人々に、19世紀に花開いたピアノニズムの究極技巧を味わわせてくれます。
本田聖嗣