侵略をしていたのは欧米列強
著者が東京裁判に強くこだわるのは、大東亜戦争開戦当時のアジアは、欧米列強が侵略により植民地にしたという事実を重視するからである。カンボジア、フィリピン、インドネシア、インドの四か国の独立への足取りとその過程に日本がどのような援助をしたかを紹介し、日本がこれらの国を侵略するどころか、独立を支援したと高く評価している。
特に、1943年11月に東京で開催された「大東亜会議」は、有色人種による史上初のサミットであり、人種平等の扉を開くという日本の姿勢を示す画期的なものであった。中国南京政府の汪兆銘行政院長、フィリピンのラウレル大統領、ビルマのモウ首相、インドのチャンドラ・ボースなどが参加し、抑圧された民族の憲章ともいうべき「大東亜共同宣言」が採択されている。
1941年12月の宣戦布告に伴い、日本政府が閣議決定した戦争名は大東亜戦争だったが、マッカーサーは1945年12月の神道指令の中で大東亜戦争の名称使用を禁止した。日本の正当性を主張させないためであった。