マラソンとピザ 角田光代さんは一夜の大食いになるため走り続ける

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随筆のお手本

   フルマラソンを走れば、膨大なエネルギーを消費する。走者の体重やペースにもよるが、2000~3000キロカロリーを使うとされる。成人が必要とする1日の摂取カロリーと同等か上回るほどの消耗だから、身体がそれを取り戻そうとするのは自然の摂理だろう。

   空腹は最上の調味料(Hunger is the best sauce)などと言うが、角田さんはマラソンで生じさせた空腹を、思い切り食べたいピザのために使う。私はパスタ派なので、たとえ複数人のシェアでも3枚以上を同じ食卓で味わったことはない。5枚...飽きないか。

   大食いはさておき、クセのない角田さんの文章は実に読みやすい。私の目には「新聞的」ともうつる。それでいて温かみがある。一例は「ふだんの私ならば一枚目でおなかがはつはつになって、二枚目を食べるみんなをうつろな目で見ているだけだろう」といった表現。自分を客観視しながら、新聞記事のように無機的でもない絶妙のバランス。趣味で随筆を始めようという人にはいいお手本になりそうだ。

   ちなみに角田さんが毎年参加しているという大会は、12月に沖縄で催されるNAHAマラソンと思われる。昨年で35回を数える有数の市民マラソンで、地元の老若男女が沿道に繰り出し、ランナーたちを声援と飲食でもてなす独特の交流イベントだ。

   角田さんは昨年、ラジオで「世界の各地で走ってますけど、1歳ぐらいの子からおじい、おばあまで、一丸となって応援してくれる、あの沖縄独自の感じは他では見たことないですね...もうスタートしてすぐのブラスバンドで泣いちゃいます」と語っている。

   ピザはさておき、彼女が走るのをやめない理由はここらにありそうだ。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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