睡眠薬に頼る高齢者 里見清一さんは「熟睡の心地よさ」を断てと

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落語のようなオチ

   終盤に出てくる〈時間選好〉とは、「将来に消費することよりも現在に消費することを好む程度」らしい。あさっての1000円より今すぐ500円、みたいな話だろう。よく効く睡眠薬を求める老人たちは、いずれ転倒して骨折するかもしれない「地獄」に目をつむっても、今夜の熟睡を欲するものだと。私も、その思いが分かる年代に入りつつある。若い頃の「あ~よく寝た」という感覚を久しぶりに味わいたい。転ばない睡眠薬がほしい。

   そこをどう説得するのかは、臨床医の思案のしどころであり、医学者としての関心事でもある。もしかしたら、その経験談をわずかの時間差で聞き逃したかもしれない。そう思うと眠れない(睡眠薬のお世話になっちゃおうか)...という落語のようなオチである。

   里見さんクラスの書き手なら、右手で医学のウンチクを傾けつつ、左手でエッセイとしての面白さを追求するといった芸当は、さほど難しいことではない。そこに「高齢者の睡眠薬依存」という目下の医事トピックをはめ込んだところが手練れの技である。

   日野原重明さん(1911- 2017)や鎌田實さんがすぐに浮かぶが、医療現場に携わってきた名エッセイストは多い。生死を含む個々の人生、喜怒哀楽にのべつ寄り添っていれば、観察力や表現力が自ずと磨かれるのだろう。

   では、観察力と表現力が欠かせない文筆家に医師の資質が自ずと備わるかといえば、残念ながら否だ。逆立ちして睡眠薬を飲んでも、目が冴えることはないように。

冨永 格

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