前向きな老後 佐藤愛子さんの理想は、老いた肉体の赴くままに

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老いの「実況中継」

   3ページの大型エッセイだが、掲載は不定期で〈※気まぐれ連載につき、慌てず急かさず次回をお待ちください〉の注書きがつく。いつ噴き上げるか知れない言葉の間歇泉だ。

   2016年発刊の「九十歳。何がめでたい」で話題になった佐藤さん。あのベストセラーも女性セブンの連載(1年間)をまとめたものだった。続編にあたる「毎日が天中殺」も同じ勢いで、ユーモアたっぷりに自身の衰えを突き放す筆致である。誰もがいずれ経験する「老」は国民的な関心事であるが、プロの表現でそれを「実況中継」してくれる90代はそんなにいない。しかも、こと文章に関する限り、お世辞抜きで佐藤さんに老いは感じない。癖がなく、若い人にも読みやすい文体だと思う。

   思えば、100歳に向かいながら有名誌に連載を持つこと自体、とんでもなく前向きなことではないか。私が週刊誌の編集者だとしても、「前向きな老後」の企画でコメントを取るならまずは彼女だろう。存在自体が前向きなのだ。ところが、ご本人は「べつに老人が前向きに生きなければならないってことはないんじゃないの?」と考える。

   「縁側の猫」の例えにあるように、老いに任せ、歳月に抗わず、むしろ流されていくのが理想だと説く筆者。無理して前を向くなと。長らく前ばかり向いてきた人だけに許された、強く静かな境地なのかもしれない。「死の扉」とやらに、開く気配はまだない。

   こういう人を呑み込むには、扉の側にも覚悟がいる。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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