本書『ゴッドドクター徳田虎雄』(小学館、山岡淳一郎著)は、単行本『神になりたかった男徳田虎雄』の文庫版である。しかし、著者にいわせると、「文庫化に際し、これほど原稿を読み直し、加筆、改稿を重ねたことは過去になかった」そうだ。そして出来上がった文庫本は、「まるで新たに書きおろした」ような作品に再生した。
その象徴的な部分が本書冒頭だ。医療業界がテーマの本なのに、暴力団「盛政組(当時・山口組傘下)」の事始め(新年の儀式)のシーンから始まる。組長は徳之島出身。にぎやかな酒宴に、突然、同郷の幼ななじみの医者が人を連れて現れる。医者は京都大学出身で徳洲会に勤務。想定外の客に驚く組長に対して、医者は「次の選挙では動かないでくれ」と頼み、同行した建設会社の社長が大金を渡す...。
徳洲会は日本最大級の病院グループである。病院数71、職員3万3340人、年商は4600億円 (2019年3月現在)。徳田虎雄氏はこの巨大組織をいかにしてつくりあげたのか。その問いに正面から答えたのが本書である。
「たった一人」から巨大組織へ
それは「たった一人の反乱」から始まった。1970年代、日本は高度経済成長の時代で、大都市圏でも夜間の救急患者を受け入れる病院はまれだった。徳田氏は、そこに「命だけは平等」と乗り込み、「年中無休・24時間オープン」をうたって、患者目線の病院を設立した。「このままでは患者を奪われる」と恐れた医師会との戦いが勃発した。
徳田氏が患者ファーストの方針を打ち出した背景には、弟の死がある。徳之島にいた小学生のころ、弟が夜中に具合が悪くなる。2キロ先まで山野を駆けて医者を呼びにいった徳田少年だったが、医者が来た翌日の昼には弟は亡くなっていた。
徳田氏は、「白い巨塔」を飛び出した医師たちや「七人衆」と呼ばれた側近たちと突き進む。医師会をはじめとして、すべての既得権益者が敵だった。そして「敵」を打破するために徳田氏は政界に進出。選挙区の奄美群島区は選挙のたびに現ナマが飛び交う選挙区として有名になった。
しかし、「トッパもん」の怒涛の進軍は外だけでなく内にも強烈な軋轢を生んだ。たとえば、冒頭の暴力団のシーンに現れた盛岡正博医師はナンバー2とみなされ、側近中の側近だったが、後に「裏切者」の烙印を押され追放される。盛岡医師はその後、農村医療で有名な若月俊一医師が率いる長野の佐久総合病院に移る。周囲から「殿さま」とみられてきた若月院長は50年も佐久総合病院を率いてきたが、熱血の塊のような徳田氏とはまったく違うタイプ。盛岡医師は若月院長に聞いた。「なぜ先生は長く殿さまを続けられたのですか」。これに対して若月院長は「それは愛だな」と短く答える。本書でも印象的なシーンのひとつだ。
眼前に立ちはだかる敵を次々となぎ倒してきた徳田氏は、ついに難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症する。そして、長男に徳洲会の後を譲ろうとすると内紛が起き、いわゆる「徳洲会事件」をきっかけに創業者一族はグループの要職から追放される。
本書はノンフィクションであり、小説ではない。息を飲むような「クライマックス」がこれでもか、これでもかと読み手を襲う巨大ドラマを見るような作品だ。
価格730円(税別)。