紙が水に溶け、印刷された言葉が水面を漂う――幻想的な本「水温集」。広島県尾道市の古本屋「弐拾dB(ニジュウデシベル)」が販売中の一冊が、ツイッターで話題になっている。発端は同アカウントによる2020年1月13日の投稿だ。文字が水に浮かぶ様子を収めた画像が反響を呼び、注文が殺到。1月15日には増刷が決まった。
製作者で、「弐拾dB」ツイッターアカウントを運用する藤井さんに電話取材し、誕生秘話を聞いた。
1冊20分かけ、40枚の紙片を手作業で製本
「水温集」は水にちなんだ詩やエッセイを収めた、約40枚の紙片から成るアンソロジー。藤井さんが作品を書き下ろし、装丁を「紙作室 そえがき」のrinnmiさんが手がけた。
もとは「弐拾dB」オープン2周年にあわせ、18年4月20日に店頭で限定100部販売したもの。その後、日本書籍出版協会・日本印刷産業連合会主催の「第53回造本装幀コンクール」にエントリーし、19年6月に審査員奨励賞を受賞したことから300部増刷。その在庫を販売していた矢先に1月13日のツイートが反響を呼び、嬉しい悲鳴といったところだ。
「現状、大体300件くらいの注文が来ています。在庫では足りないのでさらに増刷を決めました。ただ『水温集』は印刷所から紙片の状態で送られてくるので、1人で製本しなければなりません。注文受付から発送まで家内制手工業なんです。注文は歓迎していますが、お届けには時間がかかってしまいそうです...何せ1冊作るのに20分ほどかかるので(笑)」
文字が水面に漂う秘密は、紙にある。お盆の流し灯篭などに用いられる「溶ける紙」に、オフセットインキ(油)で本文を印刷しているため、水に溶かすと紙の繊維だけが溶けて言葉が残るのだ。17年9月に藤井さんが友人のrinnmiさんに「水に浸けないと読めない本を作れないか」と相談したところ、「水に浸けると溶ける面白い紙ならある」と教えてもらったことから、製作が始まった。藤井さんは「試しに文字を印刷して水に溶かしてみて、これは面白いと思いました」と当時を振り返る。
「紙片を全部溶かしてしまうと箱と薬袋だけになりますが、作品を目で見て味わった時間や記憶は残ります。『ないけどある』。この感覚を味わってもらえたら嬉しいです」