週刊朝日(1月17日号)の「ああ、それ 私よく知ってます。」で、春風亭一之輔さんが東京ディズニーリゾートについて書いている。その時々のお題(今週のムチャぶり)を自在に膨らませる連載で、この号は干支の「ねずみ」がテーマである。
「千葉に生まれ、千葉に育ったのに、初めて『夢の国』に行ったのは28のとき。子供もできたし、そろそろ『世界一好感度の高いねずみ』に会いに行くのもよかろうと。くたびれた。並び疲れた。人の多さに酔った。楽しくないわけではない...」
28歳といえば二ツ目時代、一之輔に改名して間もない頃だろう。夢の国を存分に楽しめなかったのは、毎月ある勉強会の直前だったからだ。真打目ざして仲間と修業に励む筆者は、万人に愛嬌を振りまく着ぐるみたちを目の当たりにし、そのプロ意識に感心する。
「彼らだって気分の乗らないときもあるだろう...嫌な客を前にするとすぐに顔に出てしまう自分が情けない」「身体を使った間の取り方も絶妙。声は出さずともしゃべる以上に表情豊かだ...俺はこんな所で遊んでいていいのか?」
夢の国の住人を、自分と同じエンターテイナーと見てしまうと、どうしても「夢」の中にのめり込めない。「そう、アイツらはライバルなんだ」と。
ちなみに直後の勉強会、考えすぎたのか、ネタ下ろしは失敗に終わったそうだ。
耳をつけ回して
一之輔さんがディズニーランドの存在を知ったのは5歳。空き地で遊んでいた友達がつけていたミッキーマウスの「黒くて丸い耳」だった。1983年の開園直後と思われる。
その子が「日曜に家族で行ってきた」という遊園地は、東京方面にあるらしいが「ホントは千葉!」...吐くほど怖いが楽しい乗り物がある不思議な場所。行った証拠でもある「耳」が子どもたちの頭を順番に回り、一之輔さんの番になった。なぜか爆笑が起きたそうだ。
もう一つの思い出。保育園の頃、ねずみが描かれた弁当箱を使っていた。一之輔さんはそれを「ミッキーのお弁当箱」と呼んでいたが、先ごろ実家で確認したところ「MIGHTY MOUSE」と書いてある。同じアメリカ生まれながら、筋肉ムキムキの別キャラだった。
一之輔さんが「夢の国」を訪れたのはこれまでに3回。お勧めのアトラクションはポリネシアンテイストの「魅惑のチキルーム」だという。鳥たちは一生懸命に歌っているのに、大人気ということでもなく、いつも待たずに入れるらしい。それをついつい「俺だったらこうやるのにな」とプロ目線で眺めてしまう筆者である。
「おい、鳥。お前たちも俺のライバルだぞ。頑張ろうぜ、ねずみに負けんなよ」
自身への叱咤激励
若手の実力者といわれた一之輔さんも間もなく42歳。往時の勢いに円熟味を加え、寄席とメディアで大活躍。人気も実力もトップクラスである。
師匠の高座は数年前に一度観ただけだが、噺の技術はもちろん、フリートークの面白さが印象に残った。臨機応変の回転の良さは、引用したコラムにもよく表れている。
干支のねずみで何か書くとき、ディズニーランドへ展開するのはよくある話。一之輔さんが非凡なのは、十数年前の体験を己の芸道に引きつけて記している点だ。
「表情は変わらなくとも、身体の動きだけで十分すぎるほどその感情を伝えてくる」着ぐるみの面々を、同じエンターテイナー(ライバル)と意識する。そして、徹頭徹尾お客を楽しませるプロ根性において自分は劣っているかもしれないと。だから楽しむ気にはなれない。そんな求道者に近い心情を吐露して、けれんがない。
後半にはミッキーにまつわる思い出を並べ、オチはアトラクションの鳥たちへのエール。「ねずみに負けんなよ」は、自身への叱咤激励でもあろう。
冨永 格
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当コラムは今回で100本目となりました。これまでに味わった100の文章は、計45誌から拝借したものです。雑誌別の引用回数は、多い順に週刊新潮(8)週刊文春(7)サンデー毎日、週刊朝日(各6)週刊現代、女性セブン(各4)週刊ポスト、週刊プレイボーイ、Tarzan、SPA!、クロワッサン、プレジデント(各3)...となります。引用作の筆者は男性が60本、女性が40本。登場数は最多でも2回で、計82人とばらけました。
まさに人のなんとかで相撲をとるような連載ですが、引き続きご愛読ください。