再生と救済を歌い続け
中島みゆきがずっと歌ってきたこと。それは"再生と救済"なのだと思う。75年に歌った「時代」が、今日は別れた恋人たちや倒れた旅人たちが生まれ変わってめぐりあい、歩き出す歌だったように、今、思うような人生を送れない失意の人たちにも"次"があるという救済。2012年には「倒木の敗者復活戦」という曲もあった。
新作「CONTRALTO」が、そういう"終わりと始まり"のアルバムだというのは、「終り初物」の次の曲が「おはよう」であることが物語っていないだろうか。あたかもここからアルバムが始まるかのようだ。
アルバムタイトルの「CONTRALTO」は音楽用語で"アルト"のことだ。ソプラノ・メゾソプラノ・アルトという女性の声域の一番低い部分。彼女はタイトルについて「自分の声域」と説明している。アルバムの中の「自画像」と「歌うことが許されなければ」は、歌い手の彼女自身なのかもしれない。2020年、世界は歌うことが許される国と許されない国に分断されている。「歌いたい命」と「歌わせない力」。風の便りが伝える「命懸けの歌」を僕らはどう聞けば良いのだろう。
タイトルの「CONTRALTO」が、単に音楽用語として使われているのではないように思ったのが、8曲目の「タグ・ボート(Tug・Boat)」だった。「負けを知らぬ城のような 大いなる船」を港外に押し出すために足元で身を震わせて働くタグボート。城のような船の甲板からは見えないちっぽけなボート。でも、彼女の歌い方はまるで仕事を終えて寄港するタグボートになり切ったように溌溂として明るい。高いところから見えない人たちに寄り添うような低い視線。それは、まさに「アルト」ではないだろうか。
ドラマ主題歌が4曲ありつつそれに頼らない見事な起承転結のアルバムだと思った。
人は誰でも終わりの時を迎える。
アルバムの全体のトーンの重厚感もタイトルの意味に繋がっているようだ。時の流れの中で熟成された歌声、そして、その中で感じざるを得なかった詠嘆や達観。ドラマ主題歌でもある9曲目「離郷の歌」と10曲目「進化樹」は、まさにそんな歌だろう。人はどこから来てどこに向かうのか。「離郷の歌」。離れざるを得なかった人たち、汚れざるをえず汚れた人たち。誰もがいくつもの世代を超えてここまで来た。そして、今、僕らは何に向き合えばいいのか。「進化樹」は、「誰か教えて 僕たちは 本当に進化したのだろうか」と歌う。
終わるものと終わらないもの、断ち切られてしまうものと受け継がれていくもの--。
アルバム「CONTRALTO」と「ラスト・ツアー、結果オーライ」が物語ること。そこから何が始まって行くのだろうか。
(タケ)