「先行実験」が「第九」につながった
しかし、残念ながら、「合唱幻想曲」は大評判となったチャリティーコンサートの中では、大失敗でした。おそらく準備不足で、ベートーヴェンのピアノ独奏パートである前半は全くの即興だったようですし(現在演奏されるバージョンは後で改めて作曲されたものです)、いままでなかった編成の曲を全体で練習する時間も少なかったようで、演奏があまり良いものではなかったからでしょう。初演の評判は散々でした。
そして、ピアノ協奏曲と「第九」をあわせたような大編成を用意しないと演奏不可能な曲ですし、それにしては、「第九の下位互換」みたいな内容・・・本当は歌詞の内容も全く異なっているのですが・・・ですから、演奏機会にも恵まれず、ベートーヴェンの作品の中では、どちらかというと「黒歴史」の曲となってしまったのです。
しかし、この曲でいわば「先行実験」を行ったベートーヴェンは、のちに「第九」というEU(欧州連合)の統合の象徴、「欧州の歌」であり、21世紀の日本の年末でも、もっとも演奏されるクラシック「交響曲」の名曲中の名曲を生み出すことになるわけです。
私は、ベートーヴェンはどちらかというと、ひらめき型の「天才」ではなく、積み重ねていく「努力型」の人であると思っていますが、この「合唱幻想曲」の存在も、そんなことを証明してくれるような気がします。そして、「努力型」だったからこそ、音楽家なのに耳が聞こえなくなるという深刻な悲劇を乗り越え、その努力の成果として「第九」のような作品を生み出すことが出来たのです。
「今年も一年よく頑張った」という響きを、日本人は毎年、年末の「第九」の中に聞いているのかもしれません。
本田聖嗣