「第九」のはるか以前に周到な準備として作曲
そのメモリアルな巨大コンサートの最後に、ベートーヴェンは何か大規模な演目を用意しようと思ったのです。幸い、大規模な演奏会ですから、演奏者はたくさん使えます。彼は、オーケストラと、独唱ソリスト歌手たちと、合唱団にピアノを加え、いままでに見たこともない曲を書こうと奮起します。ピアノを弾くのはもちろんベートーヴェン自身です。そのため、「合唱幻想曲」は、独奏ピアノで始まります。彼のお得意の調・・・「交響曲第5番『運命』」と同じ・・・・であるハ短調で開始し、しばらく暗く、情熱的な感じでピアノ独奏が続きます。その後、静かにオーケストラが入ってきて、ピアノと掛け合いとなり、あたかも「ピアノ協奏曲」の穏やかな第2楽章のような雰囲気になります。次第にハーモニーが短調から長調となり、まずはピアノに、それからフルートやオーボエ、そしてクラリネットに、後年の第九の第4楽章の有名な旋律、いわゆる「喜びの歌」を思い起こさせるハ長調の旋律が登場します。もちろん、我々は「第九」を知っているから「似ている」と思うのですが、もちろん、こちらのほうが最初です。
弦楽器が参加してサウンドが大規模になり、ピアノ協奏曲と見紛うばかりの華やかな掛け合いのパッセージが続き、この後のピアノ協奏曲である「第5番 『皇帝』」にそっくりなパッセージが現れたりと、彼のピアノ協奏曲の作曲技法がいかんなく発揮された後、ピアノの伴奏に乗って、独唱が開始されます。すぐに合唱が参加して「第九」にも通じる、人類愛を歌い上げる壮大な部分に突入します。
クライマックスの後、早くなってフィナーレとなる・・・実は、このあたりのプランニングは「第九」の第4楽章とほとんど同じで、その設計図といっても良いぐらいです。「合唱幻想曲」は全体で18分ほどの曲で、「第九」の第4楽章と比べても規模の小さい曲ですが、まずまちがいなく「第九の最終楽章」は、これの拡大豪華バージョンで、ベートーヴェンが「第九」のはるか以前に周到な準備として、この実験的な曲を作曲していたことはあきらかです。