もうそこには戻れない
彼らを見ていて「路上出身」を強く感じさせたのが、聞き手に対しての気配り、だった。
2010年に出たベストアルバム「メンバーズセレクション」は150万枚を超える大ヒットになった。「紅白歌合戦」にも連続出場していた。
すでに全国区人気になっていたにも関わらず、彼らは客席に向かって自分たちの出会いと結成時、ネーミングのエピソードを必ず紹介していた。水野良樹は、その理由をこう話してくれた。
「路上で歌っていると、目の前に集まってくれている人よりもその後ろを僕らには目もくれずに通り過ぎてゆく人たちがどのくらい多いかが分かるんです。その人たちに聞いてもらいたい。いつも初めて足を止めてくれた人を意識してます」
不特定多数の人たちにどう届けるか。それこそポップミュージックの大命題と言っていいだろう。メジャーデビューから10周年の2016年、地元海老名・厚木の野外4公演で10万人を動員、9年連続の「紅白歌合戦」の後に「放牧」に出たのも、そんな「不特定多数」感覚を取り戻そうとしたのかもしれない。
新作アルバム「WE DO」は、それぞれが「放牧」期間中に過ごしたことや、ここからどこに向かって行こうとするのか、という再スタートの心情が溢れている。
すでにファンクラブツアーの一曲目だった「WE DO」は、客席との合唱が聞こえてくるような躍動感に満ちている。水野良樹が「やっといきものがかりが戻ってきた」という「SING!」、60年代アメリカンポップスのような「STAR LIGHT JOURNEY」にファンク調の「しゃりらりあ」。吉岡聖恵が「こころよ自由になれ!」と叫んでいる「アイデンティティ」。彼女がソングライターとして成長著しい「あなたは」や「口笛にかわるまで」。山下穂尊の書いた「スピカ~あなたがいるということ」「try again」には、彼の憂いを含んだハモニカが効果的な「静かな決意」が伝わってくる。
アルバムを通した「らしさと新しさ」という意味で特筆したいのが、水野良樹が書いた「さよなら青春」と山下穂尊の書いた「季節」だろう。前者は「物語はまだ続いて いつまでも続いて さよなら青春」。後者は「諦めないと大人にはなれないと気づいて」と歌っている。
水野良樹は「全曲解説」で「さよなら青春」が山下穂尊の「季節」を受けて書いた曲、とこう話している。
「結成から20年が過ぎて、放牧があって、10代で始めたメンバーはそれぞれ30代になって『これからも続けていこう』みたいなことをこの2年間語り合っていたわけですけど(笑)。やっぱり流れてゆく時間に対していろんなことを思ったんですね。今までを振り返って懐かしむこともあれば、"これから、どうやっていこうかな"と前を向いて思うこともあった。そこから歌のテーマがたくさん出てきて、山下は『季節』でちょっと振り返ってみたから、だったら僕は前を向いてやってみよう、みたいな、だから『さよなら青春』なんですよ」
"放牧"中に3人が確認し合ったこと。それはいきものがかりで過ごしてきた時間が自分たちの「青春」そのものであり、もうそこには戻れない、ということでもあったのだと思う。
小学校からの顔見知りだった高校一年の二人が路上で歌い始め、そこに同級生の妹が加わった。そんな始まりは2000年代の全国の音楽好きな若者たちの日常風景でもあったはずだ。そこから20年。「青春」にさよならして新たに始まった3人の再スタート。2020年は5年ぶりのホール&アリーナツアーが待っている。
(タケ)