人間性の本質から貯蓄行動を考える

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■『Heuristics and Biases in Retirement Savings Behavior』(著 シュロモ・ベナルチ&リチャード・セイラー Journal of Economic Perspectives, 2007)

   行動経済学については一般向けにまとめられた優れた解説書が出ており、これまで評者もたびたび本欄で取り上げてきた(「自制という厄介な問題にみな悩んでいる」「自分の中の二種類の生き物」)。今回はすこし踏み込んで、英文で書かれ、専門誌に掲載された論文を取り上げる。面倒な数式はないし、英文は読みやすい。なお、著者のひとり、セイラーは2017年のノーベル経済学賞受賞者である。

十分な貯蓄が出来ない理由とその対策

   貯蓄、特に老後の生活のための貯蓄は、高齢社会においてもっとも重要な経済問題であろう。年金や高齢者医療などが社会保障の問題として、公共政策上の最重要領域となっているが、この問題の本質も稼得能力のない高齢期の生活をいかに支えるかという問題である。自由主義社会における正統的な対策は個々人の貯蓄によるというものであり、貯蓄を促すために何がなしうるのかということは経済政策の最重要課題である。それがむつかしいのなら、家族的扶養によるという答えもあろうが、社会的な移転によるという答えは順序としては後から来るものなのである

   ベナルチ&セイラーは十分な貯蓄ができないheuristics and biases(heuristicsとは決定の際用いる大雑把な方法というほどの意味)として、(1)惰性の影響により、事業主拠出分や税制を通じ有利なはずであるプランへの加入が進まず、資産配分も、デフォルトで決まっている保守的なポートフォリオからの変更がなされない。(2)損失回避から名目の手取りの減を嫌がり、過少貯蓄となる。(3)市場の趨勢の影響を受けることから、高値で買い、安値で売ってしまう。(4)自制心の欠如から、貯蓄の開始、増額を先送りする。(5)拠出率・資産配分の決定に際して合理性乏しい根拠を用いることから、的確な資産形成の機会を逸するなど、様々な要因をあげている。

   どうすれば、貯蓄を増やすことができるのだろうか。ベナルチ&セイラーは、惰性、自制心の不足への対応として、自動的に加入する制度が有用であるとする。その際、デフォルトとする投資対象として、(特に若い雇用者の場合)株式投資を組み込んだ投信等を取り入れることが有益とする。あらかじめ合理的な設計された少数の投信等から投資先を選ばせることで、資産配分決定における合理性を高めることが期待される。月々の決まった投資を行う制度への加入を通じ、市場の趨勢からの影響から遮断されることも期待される。

   損失回避、貨幣錯覚に対応する仕組みとして彼らが提唱している、Save More Tomorrowという仕組みは興味深い。将来の賃金上昇にあわせて拠出率を自動的に上げる仕組みとすることで、手取りを減らさずに拠出率を次第に上げていくことができる。この提案のポイントは、この仕組みへの加入を現在のうちに決めることにある。

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