プレジデントファミリー冬号の特集「算数が大好きになる魔法のレッスン12」で、プロ家庭教師の西村則康さんが「好きになるには遊びなさい」と呼びかけている。
小学生を持つ親に向けて、勉強法や子育てのハウツーを授ける季刊誌。特集は前の秋号が「東大生184人『頭のいい子』の育て方」、夏号が「わが子を慶應に入れる」...こう並べれば、中学受験を念頭に置いた編集方針や購読層が浮かんでくる。
算数特集は、嫌いな子が少なくない科目への親しみ(親しませ)方を網羅したもので、西村さんの短文は子どもに宛てた「きみへの手紙」三通のひとつとして掲載されている。
「算数は決まった解き方を覚える勉強、なんて思っていませんか? 公式を覚えたり、〇〇算の解法を覚えたり...。そんなことないんですよ。筋道が通っていれば、自分なりの方法でOK。どんな解き方をしたっていいんです。むしろ、そのほうがすごいことなんだよ」
冒頭から口語体、家庭教師の口調である。さらに「自分なりの方法でOK」に戸惑う子どもたちを想定し、こうつなぐ。「きっとそれは、『遊び』が足りないんじゃないかな」
発見を伴う遊びのことだろう。例示されたのは、トイレットペーパーの芯を開くと平行四辺形になる話と、鬼ごっこをすれば「速さ、時間、距離」の関係を体感できることだ。
「(鬼ごっこで)追いついたとか、途中ではちあわせしたといった経験があれば...旅人算の問題文を読んだとき、一発でその状況をイメージできるよ」
ニンジンで開成合格
筆者はさりげなく、受験のプロとしての「成功体験」にも触れる。教え子に、立体図形の切断問題が苦手な男の子がいた。八百屋の息子だったので、西村さんは「毎日、家でダイコンを切って、いろんな立体を作ってみたら」とアドバイスする。
「その時期、ダイコンよりもニンジンのほうが安かったそうで、そのお宅では1か月、毎日いろんな形のニンジン料理が続いたそうですが、でもそのかいあって苦手を克服し、見事開成中学に合格しました。体験するって、本当にすごいことです」
開成といえば、受験界では超のつくブランドである。読者は、親子ともども、ここで居住まいを正すかもしれない。ニンジンの説得力、絶大である。
折り紙、絵、ピアノ、水泳にサッカー、虫捕り...何でもいい。算数のヒントは教室の外のあちこちに転がっている。体で覚えたものは忘れにくい、というわけだ。
「体を動かすこと、体験することが『身体感覚』に結びついて算数の基礎体力になるんです。算数が好きになりたいって思っていたら、まずはたくさん遊びなさい、いたずらもいっぱいしなさい」
親子の期待を裏切らない
ちなみに私、冨永は算数(数学)が大好きだった。答えはひとつという潔さ、そこにたどり着くまでの道のりがいくつもある柔軟さ。裏道に迷い込んでも、力業で頑張ればゴールできることもある。あえて分析すれば、そんなところに惹かれたのだと思う。
とはいえ、算数でつまずき、そのまま数学嫌いになる人もまた多い。だからこそ受験誌や子育て誌でこの科目に特化した企画が成立するわけだ。プレジデントファミリーの冬号は、なんと4年連続で算数「克服」特集である。
今号の「きみへの手紙」では、西村さんのほかに有名大学の数学者2人が算数に親しむための心構えを易しく説いている。その中で西村さんの強みは、やはり生身の読者親子を現場で知っていることだろう。ニンジンの実例だけでなく、文章にも子どもと笑顔でやりとりしているようなリズムがある。
終盤に至る優しさがあるからこそ、末尾にたたみかける「...なさい」の語尾も生きてくる。通読した読者は、上から目線や強圧ではなく、得も言われぬ頼りがいを感じるはずだ。
この種の短文で最も重要なのは、筆者と読者の信頼関係だ。西村さんの場合、筆者紹介がなくてもこの世界では知られたカリスマである。だから、そのつもりで読み始めた親子の信頼と期待を裏切らない展開が求められる。で、実際そうなっている。
冨永 格