■『量子力学で生命の謎を解く』(著・ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン 訳・水谷淳 SBクリエイティブ)
越冬のためにスウェーデンの森からアフリカまで、南南西に3000キロ移動するコマドリの群れは、地磁気の方向と強さを感知する能力をもつ。地磁気の強さは冷蔵庫に張り付く磁石の100分の1しかないというのに。地磁気だけではない。鳥や魚は微弱な臭いを識別する能力を持っている。そうした能力を発揮する細胞のメカニズムを解明する過程で、科学者は、細胞内に量子力学のトンネル効果がはたらいていることをつきとめた。
本書は、我々が高校までの理科で習わなかった量子力学のメカニズムが生命体の遺伝子の複写にも、呼吸や光合成にも使われていることが、近時解明されていることを、専門知識なしに理解できるよう、事例や説明を豊富に加えて解き明かしてくれる。こうした分野は量子生物学と呼ばれるが、本書が出版される二年前の2012年ですら、ごくわずかな人数の研究者しか世界にいなかったという。
電子や陽子を運搬するトンネル効果
近代物理学の発達とともに、生物の機能を機械のメカニズムと考えて解き明かすことが主流となった。心臓は血液を動かすポンプであり、肺はゆっくりとした燃焼機械である、というように。
しかしながら、呼吸のメカニズムは燃焼ではなくて、量子トンネル効果により有機物の電子を取り外して酸素に結びつける行為なのである。細胞の中の呼吸をつかさどる酵素は、エネルギーのもととなる糖の炭素から電子を取り外して隣の酵素に渡し、それとともに、電子と対をなす陽子を細胞内のミトコンドリアの中から外へ運び出しているというのである。原子核の陽子を取り外して、分子の外に運ぶという行為を酵素が行っていることは、われわれが高校の化学で習う世界とは別世界である。
量子トンネル効果とは、電子や陽子が、音が壁を通り抜けるのと同じように、障壁の一方から反対側へすりぬける現象を指す。1926年に発見された。この効果により、空間や絶縁体を電子や陽子がすりぬけて、隣の原子に飛び移るのである。
書中では、光合成にも同様のメカニズムが作用しており、動物、植物がともに量子力学のトンネル効果を用いて、生命を維持し、組織を成長させることがわかりはじめている。