これが「吉田拓郎」なのだ
映像はギター一本を持ってステージに現れるところから始まっている。曲は"ロックンロールの響きがいい"と歌われる「大いなる」。意表を突かれたような客席は続いての「今日までそして明日から」でどよめきが上がる。でも、原曲の"今日まで"の前半部分を省いて"私には私の生き方がある"以降を強調したショートバージョン。"ロックンロール"と"明日から"。そんな挨拶代わりのような始まりはその後の展開を予感させた。
バンドが加わっての一曲目「わたしの足音2019」は、72年の映画「旅の重さ」のために作られた曲だ。「全曲解説」には「監督の気に召さなかった フォーキーな曲想を求めていたのだろうが僕とは意見が合わなかった」と書いている。つまりボツになった。その映画の中で使われたのが「今日までそして明日から」だった。
73年のツアーや75年の野外ライブ「つま恋」くらいでしか歌われなかった「わたしの足音2019」は、こんな歌詞だ。
"人にはそれぞれの叫びがあって
走ったり歩いたり立ち止まったり"
"青春の旅に出てはるかに思えば
この道はそれぞれに忘れじの物語り
明日への足音が聞こえてくるんだ
一歩ずつたしかめてまだ見ぬ旅へ"
これが最後になるかもしれないツアーでなぜこの曲を選んだのか、なぜこうしたアレンジで演奏し歌うのか。今の気分、心境、伝えておきたいこと、更に出したい音。全曲がそうした必然性に沿っている。そして、その理由がどういうものだったかを「全曲解説」で明かしている。ここには作詞家が書いた曲が入り込む余地はないだろうと納得させる。こんなに無駄なく芯の通ったライブ映像は初めてと断言してしまおう。
かつての「LIVE73」が、世の中の風潮に抗って自分の音楽の全貌を見せたライブだったとしたら、「TAKURO YOSHIDA 2019-LIVE 73 YERASー」は、73年の人生の全てを思い残すことないように注ぎ込んだ「生まれて初めて味わう歓びに満ちたサウンドを生み出せる次元に到達していた」(「人生を語らず」)ものになった。
これが「吉田拓郎」なのだ、と今更のように思う。
映像作品にはツアーで披露された「わたしの足音2019」と新曲「運命のツイスト」、近藤真彦に提供した「あぁ、グッと」と石野真子に書いた「わたしの首領」をバンドメンバーで結成したバンド、「T&ぷらいべいつwith2019's BAND」で歌った4曲入りEP「てぃ~たいむ」もついている。
アウトロというのは「曲の終わり」とは限らない。「アウトロ」という名の新曲があってもいい。長く新しい「アウトロ」がここから始まると思わせる「集大成」のライブ映像だった。
(タケ)