さらば赤い大鍋 平松洋子さんは台所の戦友たちを抱きしめる

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使い込むほどに

   食文化に造詣の深いエッセイストは、使い込んだ調理具を自分なりに鍛え、また鍛えられてきたと吐露している。同志か、運命を共にする戦友かもしれない。

   大御所にこれだけ褒められたら、調理具の作り手は本望だ。逆に、他の製作者は面白くなかろう。通販等で競争が激しい鍋ともなれば、なおさらだ。

   愛用ブランドを明かした平松さんも、そこらの事情は百も承知で、「ほかではよそよそしい味になる」と書いたすぐ後に「もちろんそれは、あくまでも自分の好みの味からズレるという意味であって、どの鍋にも一長一短がある」と断っている。筆者もメーカーも有名どころなので、俗っぽい競争からは突き抜けている気もするが。

   わが家では、平松さんとは違うブランド鍋をセットで40年近く使っている。毎日の炊飯から来客の主菜まで、たいていの調理は大丈夫だ。使い込むほどに期待に応えてくれるというなら、使う機会が多い木べらやトングなどの小物かもしれない。

   平松さんは、使い込んだ調理具が発するオーラを「生き物みたいな存在感」と表現した。魂が宿ると言えば大仰だが、「泣く泣く手放した」という彼女の心境、料理好きの一人として痛いほどわかるのだ。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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