佐野元春「或る秋の日」
出会いと別れ、そして今

糖の吸収を抑える、腸の環境を整える富士フイルムのサプリ!

重ねてきた時間があってこそ

   アルバムの収録曲は8曲。すでに配信で発売されている4曲と書き下ろしの新曲が4曲。いずれも初CD化されたものだ。

   タイトル曲の「或る秋の日」は、2016年に配信シングルで出た曲。若い頃に出会い、若さゆえの迷いで傷つけてしまい、別々の道を歩いてきたカップルの再会の歌だ。新曲の「最後の手紙」は、離婚した妻に向けて書いている最後の手紙。"子供たちにもよろしくと伝えといてくれ"と結ばれているのが切ない。

   やはり新曲の「いつもの空」は、"君"がいなくなった朝の様子、小鳥の鳴き声や誰もいない台所。窓辺の木漏れ日が優しい。包み込むような緩やかなビートが若い頃とは違う包容力を感じさせる。同じく新曲の「新しい君へ」は、"失ったものの意味に気づくとき、初めて愛の尊さを知る"という"ささやかなアドバイス"の歌だ。

   8曲の中で触れておかなければいけないのは、2015年に配信で発売された「君がいなくちゃ」だろう。彼が立教高校生だった16才の時に書いて高校の寮で歌われていたというラブソング。寮生の一人が高松に転校した際にその曲のカセットを持って行った。それがきっかけで高松の若者たちのローカルヒットになり、今、日本を代表する高松出身のギタリスト小倉博和が知ることになった。更に、20年以上経ってから彼が佐野元春の前で歌って聞かせた時、佐野自身がその曲を忘れていたというオチもある。名もなき高校生が書いた稀有な幻の曲が、デビュー40周年を前にした60代二作目のアルバムの重要な曲として収録されている。

   去年、東京のライブハウス、Zepp DiverCityで彼とTHE COYOTE BANDのライブハウスツアーを見た。

   ライブハウスは若い人が行く場所という先入観を覆すような2時間半。客席にはもちろん椅子は用意されてものの途中から総立ちになって不要になるという大人のロックコンサート。しかも演奏されるのは、2005年以降、コヨーテバンドとやるようになってからのエッジの効いた曲が中心。80年代から90年代にかけて感受性の強い少年少女を題材にしたポップな曲は入ってない。その頃から聞き続けているであろう観客が、そういう曲よりも最近の曲でコール&レスポンスをしたり一緒に歌ったりしている。

   キャリアの長いアーティストのコンサートにありがちな「新しい曲はいいから昔の曲を聴かせてほしい」という、やる側ときく側のズレがなかった。共に成長してきた、人生を共有してきたもの同士の今を確かめ合うような清々しいコンサート。新作アルバム「或る秋の日」は、そうやって重ねてきた時間があってこそのアルバムと言えるだろう。

   アルバムの発売日は10月9日。その三日後、10月12日の神奈川・クラブチッタ川崎からライブハウスツアー「ソウルボーイへの伝言2019」がスタートする。

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーティスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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