今回取り上げる曲は、ルーマニア出身の名ヴァイオリニスト、ジョルジュ・エネスコが書いたフルートとピアノのための短い曲、「カンタービレとプレスト」です。
現在では、フルートの演奏会用ピースとしても人気のこの曲は、実は、私の母校でもあるパリ国立高等音楽院のフルート科の卒業試験のために書かれた課題曲でした。その結果によって「プルミエ・プリ(一等賞)」「スゴン・プリ(二等賞)」などという賞を授与するパリ音楽院の学部の卒業試験には、外部の作曲家に依頼する新作の課題曲が課されることが伝統として長く続いていました。私が受けた卒業試験の時は、新作ではなく、20世紀の曲であれば、自由に選べたと記憶していますが、昔は、卒業試験に臨む受験生全員に同じ新作の課題曲が課されていたようです。試験の度に新作を依頼する、というかなり贅沢なことが行われてきたわけです。
前半は伸びやかな旋律、後半は華やかな技巧
1881年にルーマニアに生まれたエネスコは、弱冠7歳で名門ウィーン音楽院に進み、ヴァイオリン、ピアノ、室内楽、作曲など幅広く学びます。さらにフランスへ渡り、パリ音楽院に入学します。パリではヴァイオリンと作曲を中心に学びますが、ピアノやオルガン、チェロについても研鑽を積みました。10代からヴァイオリニストとして活躍し、すでに一流の腕前でしたが、作曲家としても15歳ごろにデビューすると、同時代の巨匠たちが、彼の作品をこぞって演奏したがる・・という評価の高い作品を発表し続けました。
演奏家としても、作曲家としても、後には指揮者としても(あまり人前では演奏しませんでしたが、実はピアニストとしても)超一流であったエネスコですが、教育にも熱心で、フランス、米国、イタリアで教鞭をとり、20世紀の巨匠たちを育てました。各地で活躍したエネスコは、第二次世界大戦後、ルーマニアが共産圏に入ると第二の故郷というべきパリで暮らし、1955年に亡くなっています。
そんな「超一流」の演奏家にして作曲家が、卒業試験のために書きおろした「カンタービレとプレスト」は、試験用の曲のため、7分ほどの短い曲です。しかし、前半のカンタービレ(歌って)の部分は、フルートの曲ではありますがヴァイオリンを思わせる伸びやかな旋律が細かなパッセージとともに現れ、後半のプレスト(とても速く)の部分は一転して華やかな技巧を披露する派手な曲となっています。「完全なる音楽家」と呼ばれた、エネスコという巨大な才能の持ち主が書いた、エッセンスが詰まった小さな曲です。
本田聖嗣