ベートーヴェンの初期の室内楽としてはヒット作に
ピアノ三重奏第4番の愛称、「街の歌(ドイツ語では流行歌)」は、最終第3楽章の変奏曲の主題が、地元オーストリア出身で、ベートーヴェンの師でもあったアントニオ・サリエリのあとを継いでウィーンの宮廷楽長も務めたヨーゼフ・ヴァイグルという作曲家の、当時流行していたオペラ作品の中のアリアを用いていることにより名付けられました。「街で流行している歌を基にした変奏曲」というわけですね。自作の主題を作って変奏曲を作り上げることの多い「即興ピアニスト」だったベートーヴェンは、他人の旋律を作ることに抵抗を感じていたようですが、(その証拠に、全体が変奏曲ではなく、ある楽章が変奏曲になっている作品で、この曲以外に他人のメロディを採用した例はありません)変奏曲のテーマとなった「仕事の前に」というタイトルのアリアはユーモラスな曲調で、ちょうどほっこりした音色のクラリネットにマッチし、原曲の人気と相まって、ベートーヴェンの初期の室内楽としては、ヒット作品となったのです。楽譜がどれだけ売れたかは記録に残っていませんが、ベートーヴェンの狙いは的を射ていたといえましょう。
新しいものを積極的に取り入れてゆくベートーヴェンの進取性と、同時に商売という現実を見据えて作曲することもある手堅さが同時に感じられる、とても楽しくて軽やかなピアノ三重奏曲です。
本田聖嗣